ペットは、人の心を和ませたり楽しませてくれる、といった理由で人が飼っている動物のことである。人はペットとの様々なやり取りを楽しんだり、その姿や鳴き声などを鑑賞したりする。

ペットの歴史は古く、ネコは古代エジプトの時代から、現在のペットのような位置づけで飼われていただろうと推測されている。また犬に関しても、太古の昔から、実用と愛玩目的も兼ねて飼っていただろうと、しばしば推測されている。ネコもしばしば実用目的(鼠の駆除など)も兼ねて飼われることが多かった。(→#ペットの歴史)

ペットは人間の日々の生活にかかわりのある動物であるので、人間の生活サイクルに対応できる動物が好まれ、また人の生活と干渉し合わない動物を好む人もいる。

ペットは生命をもった生物であり、単なるモノとは異なり、栄養や環境など様々なことにそれなりに配慮する必要がある。人はペットの生存のためにエサを用意したり、ケージ、小屋、ベッド類などを用意するなど、様々な世話をすることになる。その意味でペットは、野生動物とは異なり、人間との相互関係の中で生活しており、ペットの視点から見れば、飼い主が飼い主としての適切な資質を備えているか、責任を果たそうとしているか、といったことが生存に関わる最大の要素・環境となっている。

日本でペットを飼育する者は、動物の虐待の防止や公衆衛生の観点から、「動物の愛護及び管理に関する法律」や「狂犬病予防法」などの法令により定められた義務を負う。

ペットを飼うことで、飼い主は癒し、孤独感の解消などが得られる。また愛情や思いやりの心などが育つなどの情操教育の効果もあるとされる。ペットは広い意味での飼い手の人生の質の向上に貢献している。(→#ペットがもたらすメリット)

ただし、ペットは、ペットを飼うことに伴う様々な責任や困難をよく理解せずにうかつに飼ってしまうと、飼い主自身は満足するものの近隣や周囲の人々に反対にストレスなどを引き起こしてしまうことや、ペットそのものに害を及ぼしてしまったりすることがある。ペット飼育の入門書などでは、飼い主には飼い主としての良識やマナーや責任が求められている、と記述されたり、あるいは、「マナーを守って上手にペットとの生活を楽しみましょう」といったことが記述されていることが多い。また、「一度飼い始めたペットは人間の都合で放棄してはいけません」「ペットは放棄できないというくらいの覚悟で飼いましょう」「命に対して責任を持ちましょう」といったことも書かれていることがある。最近では動物愛護センターでも、飼い主に対してそうした説得を行うようなところも現れている。(→#ペットにまつわる諸問題)

上記のような、飼い主になることの責任を十分に理解し覚悟を固めた上でペットをどのように求めるかについて解説すると、様々な方法があり、公共の収容センターなどの里親募集に応募する方法のほか、知人のつて、ペットショップなどで購入するなどの方法がある。(→#ペットの求め方)

関連用語・関連概念 [編集]近年では人々の動物に対する接し方が、より細やかで密接になる傾向があり、それを反映して「ペット」という概念(まるでモノやただの所有物のように見なす傾向もある概念)に替わって「コンパニオンアニマル」(人生の伴侶としての動物)という概念も普及してきている。

このほか、単なる労働力を超えて人間の生活を補助する動物もあり、例えば介助犬や身体障害者補助犬や介助猿など、介助動物と呼ばれる動物もいる。

労働力ないし動力として使役したり、食料を得たりするなどといった実利を求めて飼育する動物に関しては、家畜と呼ぶことが一般的である。ただし、一般には家畜とされている動物であっても、これを愛玩している人々も一定数おり、ペットと家畜の境界の引き方は、その動物に対する人間の側の態度・心情によるところが大きい。

ペットの歴史 [編集]
ダ・ヴィンチが描いた『白貂を抱く貴婦人』のように古くからいろいろな生物が飼育されてきたペットと家畜(実用的な理由に拠るもの)の歴史は古く、狩猟において助けとなるイヌや、農耕において害獣となるネズミなどを駆除してくれるネコやイタチのような小型肉食獣が珍重されていた。

古代 - 近代 [編集]特にイヌの場合は、はっきりした主従関係を好む習性から、家族の一員として扱われた歴史が長いとされる。石器時代におけるイヌの墳墓(埋葬に際して添えられたと見られる花の花粉が見られたり、なんらかの食料の残骸が一緒に発見されるなどの特徴も見られる)も発見されている。その一方で、所有物という概念もあったようで、殉死によって飼い主と共に埋葬されたと思われるケースも見られる。欧米では、古来から現代まで王侯貴族や歴代大統領から一般市民の間で愛玩用、護衛用、狩猟用などとして飼われている。英王ジェームズ2世や米大統領クーリッジなど多数の愛犬家がいる。


人類のペットに対する執着は、このようなトンガリ耳の珍奇なネコまで作出した猫科の動物は古代エジプトにおいて神格化されたせいもあって、高貴な身分に相応しい愛玩動物として扱われ、実用的な用途よりも、より今日のペットに近い存在であったとされる。丁寧に埋葬されたネコのミイラも発見されており、同時代に於ける同種動物の地位が如何に高かったかを感じさせる。また農耕文化にも関連して、ネコやイタチ・キツネのような小型動物を捕食する肉食獣を、穀物を食害から守る益獣として珍重していた文化が世界各地に見出され、好んで保護され飼育されていた事情が見られる。今日の米国でも納屋に住み着くネコを「barn cat」と呼び珍重するなどの風習も見られる。

古くは家畜とペットの境界は曖昧で、飼育する側の社会的地位によって、その境界は更に曖昧な物であった。今日では多くの国で愛玩用または訓練されるイヌであるが、日本でも平安時代までは一般的な食用動物として見なされていた。しかし法令や宗教的な理由から獣肉を食べる習慣が日本では次第に廃れたことから、今日の日本ではイヌを食用と見なす習慣はない。しかしそのような過程を経なかった国では、今日でもイヌは食用家畜とみなされており、殊更イヌを食べる習慣の無い国から、非難・中傷されるなどの社会現象が発生している(犬食文化の項を参照されたし)。ネコも食用家畜として食べる国もある。

近代 - 現代 [編集]現代の日本の2人以上の世帯においては、48%の世帯が、何かしらのペットを飼っている、という調査結果がある[2]。同じく現代の日本(2003年7月時点)における飼育ペットの割合は犬62%、猫29%、魚類11%、鳥類7%(複数回答)となっており[3][4]。鳥類(1981年時点で35%)の減少傾向が目立っている。

今日ペットは、家族として、パートナーとして、仲間として人の暮らしに密接に関わり、心を癒してくれたり、あるいは愛玩されたり、共生するなど、様々な面を持った存在であると言えよう。

近年では、生命全般を大切にする思想も普及してきており、動物であっても無下に扱う事を忌避する人々は増えている[5]。動物を尊重する人々の中には、ペットの性別を「オス」「メス」ではなく「男の子」「女の子」と呼んだり、「餌をやる」ではなく「食事をあげる」と表現するなど、言葉の用法に人間との同一視が見られるケースもある。ペットの家族化が進んでいる。中にはペットに遺産を残したいと望む人までいるほどである [6]

一方で、希少性のあるものをコレクションしたり、奇妙な習性のある動物を好むなど(一般的な家庭で飼うには奇異・危険な生き物である場合も含まれる)、ペットをあたかもただの玩具のように考える者たちも相変わらずいる。

ペットを、ペットをひとつの命として尊重する人々と、ペットをただの玩具や装飾品のように考える人々との間で軋轢が生じることがあり、時には係争関係に陥るケースも見られる。

ペットの求め方 [編集]ペットの求め方としては、公共の収容センターで里親を募集している案件に応募する、市民が運営している里親募集のウェブサイトで写真を見て選び応募する、ペットに子供が生まれそうな知人に声をかけておき入手する、ペットショップで購入するなどの手段がある。イギリスやドイツなど動物愛護の精神が根付いている国々では、多くの人々がまず収容センターなどの動物を捜す。

あくまで純血や血統書つきの動物などにこだわる人などはペットショップに展示されている証明書つきの個体を購入することを好む場合もある。

動物愛護の精神が普及しているイギリスなどでは、ペットを飼いたい人は、まず、施設などに保護されている動物の里親募集などの情報を探し、そこから選ぶ。それによって、失われそうな命が救われているのである。イギリスでは、施設に保護された犬・猫が新しい飼い主にめぐりあい命が救われる率は8~9割ほどに及んでいるとされる[7]。

動物愛護などの観点から、ペット先進国のアメリカでは生後60日前後までの仔犬の店頭展示販売は禁止されている[8]。イギリスでは、子犬の日数にかかわらず、店頭展示販売は禁止されている[9]。

動物愛護の精神や、生命を大切にする、という観点からは、まずはペットショップなどではなく、保護施設に収容され、そのままでは失われてしまう動物たちを引き取ることが求められているわけである。

また、店頭で展示販売されるペットの価格には、店の運営費や中間コストが上乗せされており、高くなってしまっている[10]。飼い主の出費を抑える(安く手に入れる)という観点からも、収容施設などで里親を募集しているペットを引き取ることにはメリットがある。

日本でも、イギリスやドイツのように、動物の命に配慮し、できるだけ施設に収容されているペットを引き受けることを優先するべきだ、ということは次第に言われるようになってきている。日本全国の公共の動物収容施設(動物愛護センターなど)では、犬や猫の新しい飼い主を募集している

ただし現在のところ、公共の収容センターの告知活動は、民間企業の広告宣伝ほどには大々的には行われない傾向があるため、いまだそれを知らない日本人も多い。

「#日本で起きているペットの安易な大量殺処分」も参照

ペットがもたらすメリット [編集]ペットを飼うことの長所は癒し、孤独の解消、世話をする事によって(飼う側の人間に)育まれる興味や思いやりの心等が挙げられる。 ペットを飼うことが、子どもの健全な心を育てることもわかっている[11]。

ペットにまつわる諸問題 [編集] ペットへの配慮の欠如 [編集] 日本で起きているペットの安易な大量殺処分 [編集]ヨーロッパでは、ペットを極力殺さないようにする配慮が行き届いている国が多数ある。例えば、ドイツでは殺処分は行われていない[12][13]。またイギリスでも、収容された犬・猫の8~9割程度は、里親募集などの制度により新たな飼い主を見つけることができている。イギリスでは動物愛護の精神が人々に根付いており、多くの人々が、犬や猫を飼いたい時は、いきなりペットショップで選んだりはせず、まず最初に(失われそうな命を救うために)施設に保護されているペットたちの里親(新しい飼い主)募集の情報を探し、そこから選ぶように努めている[14][15]。DOG TRUSTなどの動物愛護団体が活発に活動しており、たとえ難点があろうとも、殺処分は行わず、新しい飼い主が現れるまで、一生涯飼い続ける[16]。

ところが日本では、ペットの保護の制度が十分に整備されておらず、また市民の意識も足らず、非常に多くのペットの命がみすみす失われてしまう状態が非常に長い年月に渡り放置された。保健所が街でうろついている犬などを日々捕獲・収容したり(野良犬などの他に、たまたま迷子になってしまったペットも含む)、飼い主から直接持ち込まれた動物を収容し、しっかりと里親募集も行わず、わずか数日の保護日数を経るだけで、新しい飼い主を捜す努力も十分にされないまま殺してしまっている(殺してしまうことを「殺処分」と呼んでいる)。その数、実に毎年45万匹にも及ぶ。

日本では、ペットが欲しいという人々がいるにもかかわらず、そういう人々が施設のペットと出会うことを促す環境は十分に整えられていない。保護された動物たちの情報がしっかりと公開・告知され、ペットを求める人々との出会いさえあれば救われたはずの命が救われずみすみす失われてゆく、という悲惨な状況が長きに渡って放置された。

動物の収容と殺処分を行っている全国の保健所の対応は概して鈍かった。保健所の実態は単純ではなく、施設としては、(一応)各自治体に属していることになっているが、そこで勤務する職員は厚生労働省と深い関連があり、厚生労働省の影響を受けている。動物愛護団体の人間たちが、保健所の職員に、殺処分率を下げるために手を打つことを要請しても、概して、”木で鼻をくくったような”対応をするばかりで、出来る改善すら一向にしようともしなかった、としばしば言われている。

日本において殺処分率が非常に高い問題についてはなかなか広くは認知されていなかった。が、近年になりようやく、イギリスやドイツで行われている対応が日本でも知られるようになり、日本での状態は問題だとして日本のマスメディアでも報道されることも次第に多くなり、一般の日本人にもようやくそれが問題だと認識されることが増えてきた。

保健所の対応は全国的には鈍かったが、やがて中には対策を打ち出す施設もわずかではあったが現れるようになった。例えば、熊本市動物愛護センターは、動物愛護の目的のために、あえて”嫌われる行政”になることも辞さず、ペットを施設に持ち込みペット放棄しようとする飼い主に対し翻意を促すための説得を行い、市民団体や獣医師会と連携しつつ、より多くの人々を巻き込んで(施設に入れられたペットの)譲渡会を開催したり、収容された犬の情報をウェブサイト上で積極的に公開するなどの取り組みを行った。例えばウェブサイトでは、里親を募集している犬や猫たちの写真を閲覧可能にした[17][18]。それらの方法の効果により、2002年度の段階では56.38%であった処分率を、2008年度には12.86%にまで引き下げることに成功した[19]。(つまり収容された動物の56%までが殺されてしまっていた悲惨な状態を、12%まで引き下げた。イギリス並みに下げることに成功した、ということ。)こうした成功事例が知られるようになり、「(日本であっても)熊本のようにやる気になりさえすればペットの命が救えるのに、なぜ他の自治体では同様のことをやろうともせず問題を放置するのか?」という声が出るようになった。

やがて、日本の中央行政もその重い腰をようやく動かすようになった。環境省は、2009年度より、犬や猫の殺処分の半減を目標に、新しい飼い主探しを促進するための施設を、都道府県(や政令市に)、年間約10 カ所整備する計画を、また2017年までに90 カ所整備する計画を立て、それに着手した。9年間で、殺処分の数の半減を目指すという。新しい飼い主探しを促進するための施設整備などを行うという。また、ペットの不妊手術の推進や、(ペットが迷子になってしまった時に飼い主のもとに戻ることができるように)マイクロチップ装着なども推進するという[20]。

全国の動物愛護センターなどでは、犬や猫の新しい飼い主を募集している[3]。

無理な繁殖や近親交配 [編集]珍しい種類や人気がある種類の犬・猫では、ブリーダーが近親交配による繁殖を行うといったケースも報告されている。それらの中には近親交配によって発生した、畸形や遺伝的な異常を持つ個体が販売され、飼い主とペットショップで品質面が問題となって係争されるなどの現象も起こっており、これを憂う向きもある。しかしながら、近親交配は品種改良や品種のスタンダード維持の重要な手段でもあり、一律な禁止は大きな弊害を伴うとされる。

闇取引 [編集]珍しい動物を飼いたいという人がおり、この中には密猟によって捕獲された動物が安易に密売買されるケースも少なくない。野生のオランウータンはワシントン条約で商取引が禁じられているが、これすら売買していた事例もある。

幼い内に親から引き離されペットとして違法に飼われていた個体が再び森に帰れるよう、リハビリを行っている団体もあるが、本来はオランウータンの生態を研究するために生息域に滞在している研究者のところにこれら個体が持ち込まれ、研究者らが自然環境への復帰作業に動員されてしまい、研究が滞ってしまうケースもあるという。

また動物園などから珍しい動物が盗難に遭うなどの事件も発生しており、盗んだはいいが飼い方が判らず(情報も無いため)死なせてしまうといった事件も起きている。日本においては2003年にレッサーパンダなどが盗まれ売買された事件も発生している(3ヵ月後に発見され戻された)。

ペットの健康問題 [編集]ペットを、ただの玩具のように考える飼い主も後を絶たず、命ある存在として、その性質に即した飼い方が成されていないケースも少なくはない。例えば肉食性の動物に、菜食主義者の飼い主が野菜を主体とした餌を与えて、適切な消化酵素を持たないこれら肉食のペットが健康被害を受けるケースも見られる。 中には、偏食となるエサを与えてしまう飼い主がおり、結果として糖尿病などの成人病的症状で動物病院に通院するペットがいる。よく懐いている犬の場合、飼い主が与えた餌を食べると飼い主が喜ぶことを犬が理解して、満腹であっても飼い主を喜ばせようと餌を食べる場合が見られる。これらの犬は肥満に陥ったり、肥満が引き起こす健康被害を受けることもあるとされる。

また、過度に愛玩された結果として神経性の円形脱毛症や胃潰瘍に陥るペットもいる。悲惨な例では、飼い主が自分のストレス解消や鬱憤晴らしに行う動物虐待の被害を蒙るケースまである。

野生化 [編集]ペットを物品のように扱い、「飽きたから捨てる」という考え方をする者の存在により、飼い主がこれら動物を野に放ち帰化動物を作り出してしまうという問題も、世界各地で発生している。アメリカでは、1960年代に二重純血犬種のペットブームがあったが、やがてそのブームが去ると二重純血犬種の犬が各地で捨てられ、捨て犬が急増して大問題となった。

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