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嫌いということはまだそのものの中に興味や関心があるということだ。
だから私は「◯◯が本当に大嫌いなの!」て言うときは必ず嫌いな理由があり、そして嫌いだけど気にしている自分がいるということを意識している。
生理的に無理、などとよく聞くが生理的に無理な理由というのは必ずしもあるはずだ。

つまり大嫌いという言葉を使う時点で大好きなので、ある。
本当に嫌いならば、無関心なはずだ。どうでもいいんだ、つまりは。

気にしてないという時点で気にしてる、だろうしね。
ただ、許さない、は少し違う。
私は悪を許すような行為をしたくない。悪は滅びるのだ、必ず。
そうだろう?




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