今日はマリちゃんが亡くなり1年を迎えました。
去年の半年近くは軽度の介護をしていました。亡くなる当日は朝の仕事もどうしようかと迷っていましたが、数時間で切り上げれるのと少しマリちゃんもまだ大丈夫そうだったので声をかけて出ました。
写真はWebカメラを写していて出先から見れるようにして、たまたま見た時にスクショしたのですがマリちゃんがカメラをしっかりと見ていました。
その数分後にLINEでの連絡でした。何かメッセージで、さようなら をカメラ越しに送ってきた気がしました。マリちゃん的にはいつもの様に変わらず仕事に出ていつもの様にしていてと思っていたかも知れません。
多くの方々が、いつか必ず経験する家族であるペットとの別れ。いつかは必ずその日が来るのはわかっていても辛いし、探す様に様々な後悔が押し寄せて来るのを聞きます。
都合良く聞こえるかも知れませんが、僕自身は死に目に会えなかったのもマリちゃんがそうさせたのならと受け入れました。一緒に居たかったですが..相方とコナくんが一緒居てくれました。
マリちゃんは年齢不詳でウチへやって来ました。多分7,8歳位と病院では言われました。一応は里親募集もしましたが、飼育放棄、昔で言う捨て犬として正式な順序を踏んでウチの子となりました。
今思うと不思議な縁ですが、本当に手の掛からない穏やかで吠えてる声も覚えて無いくらい物静かでした。容姿はと言うと正直、初めて見た時は犬種も❓⁉️と言うくらい判断し難くて虎刈りの毛に体臭もかなりありました。ですが先住犬のコナくんはマリちゃんを何の疑いも無く受け入れて変わらず普通にしていました。
やがてマリちゃんも心を開いてよって来る様になりました。
生活を家族として共に送って行くうちに、コナくんを見習って多くのお泊まりに来てくれるワンちゃん達のお相手や役割を理解して対応する様になりました。そうなる様に教えた訳でもなく、自然とコナくんと共同して対応していました。
特に他のワンちゃんが苦手な子はマリちゃんが傍に居ても気にせずに慣れてきたり、まるで空気の様な存在ですが無言の会話があるかの様に思いました。
ホテル業の初期から年数を重ねる度に多くのお泊まりワンちゃん達が増えて、お散歩もコナくんと一緒にお泊まりワンちゃん達としっかり歩く事をマリちゃんも行って体は腰が上がり、太腿も筋肉がついてたくましくなりました。
マリちゃんが来てから年々ありがたい事にホテル、トレーニングも忙しくなり始めて沢山の出会いもあり、本当に体はキツいですがそんな事も忘れさせてくれるほどの楽しい時間でした。夫婦2人ともコナマリとホテルの仕事をするのに癒しをもらっていたと思います。
盗撮されてる(^○^)
相方は犬のワンごはんのスペシャリストでもありますので、この頃には体臭は本当に無くなって毛艶も毛量も増えて(羨ましい)既に成犬ですが成長した様に思えました。
家族の互いの信頼関係も全てにおいてMAXと言うくらいです。
先住犬の次に迎えて悩んでいる飼主さんも多々いる中で、手の掛からなかったのは本当にラッキーと思います。
そんなマリちゃんも先住犬のコナくんよりも年齢が上でしたので、ある時期から体力的に衰えて歩くのも立ち止りが出る様になりました。仕方の無い事ですが逆らう訳にはいきません。もっと頑張ってと心の中では思いつつ、マリちゃんにやって来る衰えを正直に認めたく無かったと当時を振り返ると思います。
ですが、マリちゃんに無理はさせれないのでお散歩同行のパックウォークはリタイヤしてもらいました。
ですがお泊まりに来てくれるワンちゃん達とは一緒に今まで通り過ごしたりして本人も楽しく過ごしてくれてました。
徐々に歩く速さも遅くなり始めてゆっくりと歩く事しかできなくなり、たまに調子が良い時は以前の速さになったりしていました。コナくんも優しい子なのでマリちゃんに合わせてゆっくりと歩く様にしてくれていました。
やがて部屋でも足の衰えで滑ったりする様になり、対策でマットを敷き詰めたりゴハンの器も高さを無理なく食べれる高さの台を用意したり、大好きなクッションにも抱いて乗せたりと今までの様に自由では無くなりました。ですが、よくホテルをご利用いただいてお互い安心出来るワンちゃんが来ると時折シッポを振って歓迎していました。
歩いていてもフラフラとして来たので、その頃からは覚悟はしておかないとと自分に言い聞かせて、2人でトイレや食事、寝るときも元気な時は階段を駆け上がって僕のベッドに飛び込んでマリちゃんを知っているお客さんが見たら、これマリちゃん⁉️と疑うほどはしゃぎ回っていましたが安全第一に考えてマリちゃんはリビングのクッションで寝る様にしました。
この頃からプチ介護が始まり、今まで以上によく見てあげないといけませんでした。しかし、マリちゃんに今まで与えてもらったり、教えてもらったり、功績を考えると苦労とは思わずに当たり前の事で足りない位でしたね。今まで以上に出来る限りの事はして行こうと考えて、いざという時の為の貯金も仕事で貯めて行く様にしていきました。こんな時期でもまだマリちゃんから教わる事が多々ありました。
やがて立ってご飯やトイレも厳しくなって来ると、免疫力も下がり口の中に腫瘍が見つかりました。ガンでした。
長いお付き合いをさせていただいてます北須磨動物病院の医院長と、高齢の麻酔に対するリスクと現状のマリちゃんの体力など検査で調べて消去法でリスクの軽減をしっかりと話し合って手術で切除をしていただきました。成功です‼️ この時は心配もしましたが本当に手術して良かったです。高齢の飼主さんの多くが麻酔のリスクによって躊躇してしまいますが、手術が必要と半分以上判断される症状の場合は自分が納得するまで全てをぶつけてでも正直な気持ちで話した方が良いと思いました。時間は関係ないです。自分が納得するまでです。手術をするかしないかの判断は、それから決めれば良いと思います。僕は手術決定を決めたら全信頼をもって先生にお任せしました。クライアントと先生の信頼関係もすごく大切です。
回復も順調で食欲もあり、全歯石も取ってもらって体力が出てきました。
そして2人でお世話をする度に学ぶことがあり、少しですがグルーミングのセミナーでブラッシングを学んでみたり、トイレで汚れる事もあるので度々洗ってはブローとブラッシングをして、ウチのスタッフほどの腕は無いのですがスキルもマリちゃんと共同であげました。
そんな日々が手術成功以来、2ヶ月ほどが過ぎた頃に突然夜に発作が出て呼吸が乱れて来ました。
病院に連れて行き検査すると、肺にガンが転移しているのがわかりました。その後は高濃度酸素の部屋に入って落ち着いていました。余命を宣告されましたが、家ではどの様に過ごして何が必要かを聞き、自宅で設置出来る高濃度酸素室のレンタルをしました。連れて帰るその日から必要なので何件か問い合わせをしたのですが直ぐには用意出来ませんとの回答の中、一件だけ大阪まで取りに来てくれたら用意しますと言ってくれたのですぐに病院を後に大阪から病院までとんぼ返りして自宅に設置しました。ここでも高濃度酸素室の設置や有効な使い方、アクリルボックスの中の安全設計を考えたり、濃度の調整や温度の管理など学ぶことが多くありました。
しかし、数日後には酸素室が要らないくらいに元気になっていましたので使用していませんでした。少し前のマシな状態が続いてましたが転げたりする事が多くなり、夜は同じリビングで一緒に寝る様な日々が1ヵ月ほど続きました。そしてほぼ毎日洗ってブロー、ブラッシングが必要となって、やがて立てなくなる日が来ました。数週間ほどで完全に寝たきりの介護が始まり、たまに発作も出てきました。肺ガンはわかってますし、発作時の治るまでの苦しさも辛かったです。そんな状態でも時折夜中に手足を動かして僕の敷いている布団に上がろうとする時があったので、布団の上までマットを移動させてねたりしました。今でも思い出すと涙が出てきます。
死期が近いのはわかっていましたが、それは誰にもわかりません。考えたく無くても頭によぎります。ウチに来る時からマリちゃんは不思議な眼力があり、何か本人には強い意志や我慢強さなどがありました。死期が近いと感じてもこちらを見つめる目には、それを感じました。
酸素カップを使い、食欲もやがて落ちてきましたがお客さんから頂いた焼き芋を貪る様に食べてくれた時は嬉しかったです。
水も立たせて飲ませていたのがシリンジに変わり、トイレは少しジタバタしたらシートまで抱っこして支えながらして、亡くなる前の数日間は苦しかった様でこの状態でした。
最後の日は、発作はいつもの様にあったりしましたが何故か穏やかな感じだったので最初に書いた様に仕事に出た後にマリちゃんは相方とコナくんに看取られながら旅立って行きました。
本当にマリちゃんは運も我慢強さも含めて色んな強さを持った、そして優しい子でした。
運命は誰にもわかりませんが、例え年数が経ったとは言えウチに来て家族になる運命だったと信じたいです。
沢山の癒しや喜びを与え合う事が出来て2人とも悲しみよりも感謝の方が大きくて、またコナくんとのコナマリコンビもウチのシグネイチャーでもあります。
お互いに何をされても怒ったりするのを見た事が無いくらい相性が良くて、素晴らしかったです。亡くなって寂しさはありますが、先も書いた通り感謝し続けていたいと思います。マリちゃんと出会った多くのワンちゃんと飼主さんにも可愛がっていただき、感謝いたします❤️











