わたくしは今、とっても不思議な気持ちだ。


誰にだって先祖はいるものだが、

その先祖と未だに繋がりのある土地や侍従関係にあった人々と、


再び出会って、助けられたり、

縁が切れないという感覚に今、

とらわれている。





わたくしの祖先は、鎌倉時代、

北条氏の家来だった。

(本家の墓石は五輪塔)


祖先は主君の命で、新潟の地へ趣き、土地を守る地侍となった。


その後、北条氏は足利氏に敗れ、

時代は室町へと変わり、


江戸時代は農業兼武士業を経て

明治にはすっかり農業専門だったが、


祖父は「先祖の宝」と言って

刀を大切に保管していた。

(刀は平成15年にわたくしが警察へ返納済)



わたくしは横浜市と鎌倉市の

境付近に生まれ、お宮参りから

鎌倉と縁があり、遊び場は八幡様の境内、学校も鎌倉で、

この地の変様を見続けて来た。


一時期、父の転勤で約10年ほど

足利市に住んでいたが、


足利の当時の同僚だった女性が

わたくしの近所に引越して来て

現在も一緒に「大人の遠足」を

楽しんでいる「鎌倉山中サバイバル仲間」である。


足利のお琴の師匠(本阿弥光悦の子孫)とも、未だ縁が繋がっていることから、


鎌倉と足利を行き来する生活が

66才になろうという今も

変わらず続いている。


他の土地は住んだことがないし、

旅行にもほぼ行かない。



わたくしは波乱に満ちた人生を

生きてきて

何度か窮地に陥ったことがあり、

その時に

救って下さっている方は、

不思議なことに、

決まって全員苗字に「藤」の字がついている。


30年来の友人も、

琴の師匠も、

わたくしも「藤」がつく。


それから


〈とある女性〉が経営していらっしゃる「お館」に、頼まれた時だけ

「お手伝い」にゆくのだが


この方もまた、わたくしがピンチになるタイミングで、スッと登場して助けて下さる不思議な存在感のお方。

この方も「藤」の名字なのだ。


さらに「お藤の方」の上の権限を持ち、エリア全体責任者の方も、偶然「藤」のご名字。


で、どんなエリアなのかと言うと

「北条氏」をお祀りしている墓処で

ある。


わたくしは行くとまず、

お祀りされている〈主君〉に

「かつて先祖がお世話になりまして」と、

ご挨拶してからお手伝いに取り掛かるのだが……




お手伝いは朝、広い窓を開けることから始まる。

シャッターとかサッシでなく、


ネジ式のカギで木枠の

薄い上等なガラス窓をそっと開けて、

鉄金具のついた長い棒で

板を押し上げて

軒を立てて行くという、

時代劇で見る、まことに雅な作業であり、


「窓開け」と一言で言っても

かなり緊張感と神経を使うお仕事

だ。




「まるで宮中の女官になったようだ」

と感じながら、1本ずつ、

軒を立てて行くのは恐れもあり

楽しくもあり、


窓の向こうの手つかずの自然につい手を止めて

沢のせせらぎに呼応するように、

鳥が鳴き、沢蟹が歩き、蛍が飛び交い

、殿様バッタが跳ねる、といった

一句ひねりたくなるような光景に魅了されて、


「あっ、沢蟹!」なんて喜んでいると

御殿女中の冷徹な、矢のような

視線が飛んできて非常に痛かったりする。





そして今年の今の今、やっと気付いたのである。


これってもしや〈過去の自分の人生をを繰り返しているのではないか?〉と。



なるほど!これがスピリチュアルというものなのか?


と、65歳にしてはっとなり、

あいまいで、バラバラだった点と線を

繋げることに耽るわたくし。


今まで「スピリチュアル」という

言葉を特に深く意識もせず

聞き流し状態で生きてきたが、


「偶然」にしては、

根底に何かがある気がしてならない……


この強い思いは、〈今年わたくしが「八白土星」に回座していることから来ている「特徴的現象」でもあるので、起こるべきして起こっている症状〉でもあり、山、土、墓、財、掘り起こす、復元、復活、古いもの、過去、引き継ぎなどの意味がある。




そして最近は、もうおひと方の

「◯藤氏」が

京都からこちらに

お祀りされたのである。


…お名前にはやはり「藤」、

それも、わたくしの友人と同じ苗字。


おこがましいが、これはもう

「お仲間」と言うほかないであろう。

ようこそ、「藤」グループへといった感じかしら?


そして我々の最高トップは何と言っても「北条氏」であり、子孫はなんらかの縁で呼ばれ繋がり、此処に集結しているのであろう。

わたくしは1番下なんですがね。






古いものばかりに興味を示し

超アナログで現代のスピードに

着いて行けてない、行きたくないと、

意固地なまでに

幼時から「常に傍観者」でいるわたくしは、



小さい時から親にも

「どんな先祖の生まれ変わり?」と

顔を覗き込み、不思議がられていたが…


1番の謎は「何の為に藤グループが此処に集まるのか?」

ということだ。


答えは、




【皆で主君を敬い、きちんと法要し、礼儀を守れ】

ということではないのだろうか?




わたくしは、窓に軒を立てていて

主君のパッションを背中で強く受け止めたのだ。




「鎌倉時代からやってきた女官の人(魂)」だったとは、「あの世」の父母達もへえぇ〜!っと、さぞかし驚いていることだろう。

自分的には「光輝くかぐや姫」でなくて残念無念…


人生は深し。なんでもすることに、

ちゃんと意味があるものだなと、

人生終盤の入口に立ち、しみじみ想うのだった。