今でも忘れられない思い出があります。
2014年の夏、エドの仕事でしばらくパリに滞在していたときのこと。
友人を訪ねてスイスに行くことになりました。
電車の駅までバスに乗ったはいいけれど、なぜかめちゃめちゃ混んでて、遅い
余裕を持って家を出たはずなのに、出発時刻ギリギリに駅に着いてしまいました。
ミミは2歳になったばかりで、マルは3歳半。
私一人で二人を連れての旅だったから、スーツケースとベビーカー同時に押せないじゃん、との理由で、ベビーカーは持ってこなかったのです
駅に着いたらもちろん走ったけれど、左腕にミミ抱っこして、右手でスーツケース引っ張って、
マル、頑張って走ってと声をかけるも、3歳半じゃたかがしれてる。手を引いてあげたいけれど、腕が足りない
しかも長距離電車のプラットフォームは思ったより遠い
絶望的な気持ちでそれでも走っていると、突然横に若い女性がやってきて言いました。
スーツケースは私が持つから
そして私と一緒に走り出してくれたのです。
私は左手にミミ、右手はマルの手を引っ張ってひたすら走り、ドアが閉まる直前に電車に乗り込むことができました。
女性は私にスーツケースを渡すと、Bon voyageと言って行ってしまったけれど、あの人がいなかったら絶対絶対乗り遅れてました。
私は、彼女は天使だったと思っています。
天使なんているんかい、とか、そういう細かい議論は抜きにして、私の心の中ではそうなの。
天が遣わしてくれたと思ってる。
ああいう場面で、さっと助けの手を差し伸べられるのって誰にでもできることじゃない。今思い返しても、感謝の気持でいっぱいです
天使レベルはなかなかいないけど、これまで、特に旅先では、大勢のヒーローに会いました
親切に道教えてくれたり、時間あるからって街を案内してくれたり、ヒッチハイクで拾ってくれたり、夜遅いからって一人じゃ危ないよってホテルまで案内してくれたり…
昔よく妹と二人で旅したときは、1日の終わりに「今日のヒーロはあの人やったね」「今日はいっぱいヒーローがいたね」とかって話し合っては幸せな気分になってたなぁ。
マルがお腹にいたときもそう。
マルが生まれる1週間前まで、ニュージャージー州からブルックリンまで1時間半近くかけて電車で通勤していましたが、よく席を譲ってもらいました。(満員電車だったから、予定日直前のお腹でも毎日ではなかったけれど)
そのたびに、「今日はこんな人がヒーローだったよ」「今日は2回も座れたよ」とかって報告して、
生まれる前からこんなに人の親切を受けて、君は幸せな子どもだねぇってお腹に話しかけていたのを思い出します。
小さな親切も、積もれば山。
これまでに思いがけず出会った天使やヒーローのおかげで、私の人生はきっと豊かになっています。
私も、少しでいいから誰かのヒーローになれてたらいいなぁ。
聖書にこんな1節があるのだけど、何かをしてくれた人だけでなくて、何かをしてあげた相手も天使かもしれないよね
旅人をもてなすことを忘れてはいけません。そうすることで、ある人たちは、気づかずに天使たちをもてなしました。
Don’t forget to show hospitality to strangers, for some who have done this have entertained angels without realizing it!
そうやって幸せの輪を回していきたい。