家族で一緒に食卓を囲んだ記憶は
殆どなかった
食事をしながら楽しく家族の会話など
皆無に等しかった
父が夜に出掛けることは
稀だったが
交代勤務なので
夜勤でいない日もあった
両親ともいない夜は
静かだったが
兄と2人での留守番は
ネチネチと
嫌がらせをしてきたから
嫌いだった
妹の嫌がる顔を見るのが
好きな兄を気持ち悪く思ってた
父が家にいる時は
必ず
夕方からお酒を飲みはじめた
学校の話をしなくちゃと
声をかけても
「お酒を飲む前に言え」
と、突き放された
「必要な話なら日にちと時間を
決めろ」
と、言われたが
帰宅して直ぐに
お酒を飲む父が約束を
守ってくれた日は無かった
「飲む前に
話さないお前が悪い」
と、結局叱られた
大好きな焼酎を
大きなジョッキで何杯も飲む
テレビのチャンネルを握り
母が帰宅するまで飲む
酔っぱらいは
私の学校の話を聞くわけでもなく
どうでもいい昔の自慢話を
聞いてほしくて
私に絡んできた
面倒なので部屋に逃げても
父に呼ばれてお酌をさせられた
父が1番大切にしている事は
自分が健康でいること
それが家族にとっての幸せだと
信じて疑わなかった
子供の成長や将来の話など
関心が無かった
22時になっても母が帰宅せず
遅くなるにつれ
イライラしはじめた
そして、いつものように
言い合いになり
両親の喧嘩がはじまる
八つ当たりされないように
私は静かに部屋に逃げる
喉が乾いて麦茶を飲みたくても
台所で怒鳴り合っているので
収まるまで我慢してた
そして
物が飛び
壁に穴が開く
多分…
父は寂しかったのだろうけど
それをうまく表現できなくて
怒りにまかせてたんだろうな
と、今なら冷静に思えるが
小学生の時の私は
毎晩のように怒鳴り合いの
声が聞こえて
うんざりしていた
あんだけ大声で罵り合って
近所の人に聞かれていないのが
不思議だった
変わった家だから
誰も近寄らなかったのかも
歳月が経ち
そんな変わリ者の父は
今でも健在で
家族の幸せよりも
自分の健康と名声が第一だ
食事と運動には誰よりも
気を付けている
そんな
変わり者のジジイに対し
母の代わりにと思い
嫁いで家を出た私が
言いたかったことを吐き出したら
ショックだったらしく
私に敬語で話すようになった
変わった家族に育てられた私も
変わり者だ
読んで頂きありがとうございます
前の記事と重複する内容が
あるかと思いますが
話の進行上ご了承頂きますよう
お願い申し上げます
次回は「親戚の話」に
ふれたいと思います。
両親の兄妹や育った環境も
また変わっているので
そのルーツを辿っていきます。
読んで頂きありがとうございました