前回のわんこの散歩記事の後


正月を越え、いつもの日常に戻ると思っていたら
正月明けに父の訃報

そして母と義母の繰り返す入退院
叔母の訃報
わんこの体調不良と老化
母との別れ
わんことの別れ

こんなにまとまって押し寄せなくともいいじゃないですか?と
虚空に嘆く時もあったけど
自然の摂理、この世との別れは順番にくると自分にいい聞かす。

覚悟して聞いてね。という言葉を聞くたびに吐き気が襲ってきた。聞きたくない言葉を何度か聞いた時期だった。
ドラマや映画で幾度となく観てきたシーンは、いざ自分が体験するとなると、頭の中にモヤがかかり聞き間違いなのかと思う反面、聞きたくないというゾワゾワした物が体の中を駆け巡る感覚で現実離れしていた。
聞き馴染みのない言葉、身体が拒否反応をしていた。


それでも、無償の愛というのを胸が痛すぎるほどに知った約一年でもあった。
それは現在進行形で、寝るときや朝目が覚めると、飾った写真とスマホ画面でそれが現実なんだと視覚から私の内部へと落とし込んで染み込ませている。

現実を受け止めて早くそこから脱出する、それが私には向いているみたい。

魂の内部から湧き上がり胸をえぐって嗚咽に変わる。こんな経験は人生の中でも何度も訪れない貴重な体験で、天に向かって『もう分かりました、充分に経験しました』と何度か言った。
見えない何かに もうそっとしておいて欲しいと懇願したくなったからだ。


兄弟が懺悔と後悔ばかりだと言った。

私は感謝ばかりが溢れてる。

先に逝った魂たちに有難うの気持ちが届いて欲しい。
そんなことを思いながら、わんこが逝ってから10日経った昨日ようやく市役所へ死亡届の連絡をした。

皆、見えない姿で自由に過ごしていることだろう。
どうか幸せでありますように。