「交響曲第一番」:『ジャングル大帝』Part3 | 懐かしエッセイ 輝ける時代たち(シーズンズ)

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ひときわ輝いていたあの時代の思い出のエッセイ集です。
毎週土曜日更新予定です。

 今日は。

世界で二番目のマンガ市場といわれているフランスで、日本のマンガが再沸騰しているというニュースをネットで見ました。

 

 これは、同国のマクロン大統領が5月から交付を始めた「カルチャーパス」18歳に約4万円支給の導入)による面が大きいといいます。

このパスで、2年間にわたって書籍の購入、美術館や映画のチケット予約、ダンスのレッスン受講などさまざまな文化活動や関連商品、サービスへの支出に充当することができるのですが、この「臨時ボーナス」はほとんどがマンガの購入に費やされているというのです。

 

 僕が知っている限り、フランスで最初に放映された日本アニメは『ジャングル大帝』です。(ただ、人気は高くはなく、日本アニメ・マンガの人気を高めたのは、『UFOロボ グレンダイザー』の登場でした。)

 

今回は、漫画『ジャングル大帝』の三回目です。

 

 

<「交響曲第一番」:

    『ジャングル大帝』Part3>  
  

 Part2「日本初の長編連載漫画」の 「3. 作品の革新性」の続きを書きます。
  

3. 作品の革新性」<続き> 5/5点

 
 

〇クラシックの交響曲
    
   1の「(ストーリー等の)面白さ」で書きましたように、この作品は、いくつものストーリーが並行して、関連付けされ展開しています。
まるで、クラシックの「交響曲」ような展開となっています。
ですので、僕は勝手にこの作品を「手塚治虫『交響曲第一番』」と名付けてみました。
    
  ご存じの通り、クラシックとポップスは同じ音楽でも、「作り」が少し異なります。
  例えが飛躍するかもしれません。

 『ジャングル大帝』は、ポップス的ではなく、クラシック的な展開になっていると思います。
    
 ポップスは短時間(5分位)に心に残るメロディーを詰め込んでいます。
 ヒット曲は、聞きやすいですし、分かり易く、心に響きます。
 但し、ヒット曲といえども多くの曲が消費され、残るのは一部の曲だけです。

 一方のクラシック。
 クラシックは作品にもよりますが、多くが50年から100年以上も、世の中に残った作品です。
モーツァルトベートーベンのように、一般の人に知られた作曲家の作品から、世の中の人に馴染のない作曲家の作品など、たくさんの名作があります。
 ここでは、ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」を想像してください。
  
    〇ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」|交響曲【フルオーケストラ演奏】ボローニャ歌劇場フィルハーモニー[吉田裕史指揮]


     https://www.youtube.com/watch?v=UYKyFRllGNw


 数ある名作の中で、この作品は日本人にとても人気のある作品です。
 第二楽章が少し、他の楽章から浮遊しますが、テーマが第一楽章から第四楽章まで流れて、統一感がみられる作品になっています。
 交響曲全体で40分くらいかかりますが、聞き終った時の心に残るものは、新世界に船出し、新世界から故郷を思うようで、すごいものがあります。
  クラシックの苦手な人も、是非、最初だけでも、ちょっと聞いてい見てください。
 
 僕には、この『ジャングル大帝』は手塚の好きな交響曲のように思えます。
クラシック作品のように、一つのテーマが色々なテーマと関係を持ち、発展していきます。
 オーケストラには沢山の楽器があるように、この作品には多くの個性ある人物が登場します。
音楽では色々な楽器の音が混ざるように、色々な登場人物が関係しあいます。
      
  ちなみに1952年4月から「ジャングル大帝」の次に月刊誌に連載されている『鉄腕アトム』はさしづめ「交響曲第二番」でしょうか?
  『鉄腕アトム』は、独立した物語で形成され、少しオムニバス形式にはなっていますが、作品に流れるテーマは人間愛でしょうか、そのテーマは違った方法で展開されていきます。

 

 

 ご存じの方も多いかと思いますが、手塚治虫は大のクラシック好きです。
  この『ジャングル大帝』の「ムーン山」のシーンを書いた時は、チャイコフスキー「悲愴」が流れていたと、その時にアシスタントを務めた藤子不二雄Aが言っています。
(参照:リンク「トキワ荘と手塚治虫ージャングル大帝の頃ー」Part 2「)

     〇交響曲第6番《悲愴》(チャイコフスキー)


    https://www.youtube.com/watch?v=-QQ5TCNzbcI

 


〇絵物語VS漫画
 『ジャングル大帝』Part1 「絵物語『少年ケニヤ』の時代」(リンク)で書きましたように『ジャングル大帝』以前は、『少年ケニヤ』などの「絵物語」全盛の時代でした。

 

   
  絵物語と漫画どちらが、この複雑なストーリーを読者(ここでは小中学生)に伝えることができるのでしょうか?
 

 ただ、結果論になりますが、月刊雑誌の主流は「絵物語」から「漫画」に移っていきます。
   『少年王者』を連載するために発行された月刊雑誌の「おもしろブック」も1959年に漫画主体?の「少年ブック」に変更されます。
 (僕が覚えているのは「少年ブック」の後期になりますが、読物は余り無かったと記憶しています。
  ここら辺は、現物で今度当たります。)
 そのため、,漫画の需要が高まり、漫画家が足りなくなるという事態になったといいます。

 今後、絵物語『少年ケニア』を精読して、詳しく比べてみたいと思います。

 

〇主人公は動物
  手塚は月刊誌、ジャングル物の流行りの中、人間ではなくライオンという動物の主人公を中心に漫画を描きました。 

  「ターザン」のような人間を主人公にするのではなく、「レオ」というライオンを主人公においています。
  当時はやっていた山川惣治の『少年王者』『少年ケニヤ』とは異なります。
   
  話が少しそれますが、『ターザン』は早くから、日本に親しまれてきたのでしょう、早川書房版シリーズ第1巻(1912年)が出版されています。

 

 
 

「アーアアー」と叫ぶTVの「ターザン」もお馴染みでしたね。

僕が小さい頃から見ているので、ターザン(英語版) (1966~1969) Tarzan (TVシリーズ)なのでしょうか?

 

日本語版の吹き替えがないので、少年期にこの番組を見たのか、少し確信がもてません。


〇Tarzan 1966 - 1968 Opening and Closing Theme 


 


  ところで、『ジャングル大帝』のように動物を主人公にしたマンガは他にあったのでしょうか?
 ググってみました。
    
  〇「みんなのランキング」
     https://ranking.net/rankings/best-animal-comics

 

 


     参加者が104と少し少ないのですが、見てみましょう。


    1位:動物のお医者さん 佐々木倫子 

       「花とゆめ(1987年~1993年)」(白泉社)連載 
    2位:BEASTARS 板垣巴留
    6位:銀牙 -流れ星 銀- 高橋よしひろ(1983年~1987年)


  2位の『BEASTARS』は少し前まで、「少年チャンピオン」に連載されていたので、斜め読みしていましが、どちらかといえば、形が人間ではなく動物という作品ですね。
  6位の『銀牙 -流れ星 銀』はタイトルを知っていますが、残念ながら読んでません。


   『ジャングル大帝』前後の60年活躍していた、僕らの世代の漫画家はどうでしょうか?


  〇白土三平
    なんと言っても、『シートン動物記』でしょう。

    
    (写真:『シートン動物記)


    1961年-1962年発行 貸本「シートン動物記」全2巻(東邦図書出  

    版社)で発行されています。 
    この作品は、内山賢次による日本語訳(評論社の『シートン全

    集』)を原作にしています。  

   〇石川球太(いしかわ きゅうた)
    石川球太も動物漫画を描いていましたね。
    石川球太は、『牙王』「週刊少年マガジン」戸川幸夫の原作で連載していたのを覚えています。

 

    
   

                                 (写真:『牙王』)
    

  ジャック・ロンドン『荒野の呼び声』を 「テレビマガジン」に

  1976年-1977年に連載しているのですね。

  余談ですが、石川球太のアシスタントに谷口ジローが載っていま

  す。
    その後、上村一夫のアシスタントを経て独立したとあります。
  
     〇横山光輝
    横山光輝関係では「横山光輝初期作品集 第6集 闇におどる猫」が出てきました。

    

    
    写真(『闇におどる猫』)

    Amazonに『闇におどる猫』の説明がありました。
     「漫画家を自殺させたのは猫か、それとも……怪奇漫画を

    「冒険王」から依頼された漫画家「横山」が自殺した! 傍らには猫

    を扱った原稿と不思議な日記が……。」
     
    「第6集」には、『夜光る犬』『紅こうもり』など、他にも動物が

    タイトルに出てくる作品が掲載されているようです。
     僕は横山光輝初期のこの動物に関する作品を読んだことが

     ありません。
     今度読んでみたいと思います。

    『シートン動物記』も『牙王』も動物主体の物語だったと記憶しています。
    『ジャングル大帝』以降は、小説を元にしてはいますが、動物主体の漫画が出てきてますね。

 

4. 作品の品格      4/5点

   この 『ジャングル大帝』は、手塚がまだ、20歳前半の作品です。
考えもまだ若い所があり、オヤっと思うところがありました。
   例えば、パンジャは人間に飼いならされた家畜を憎いといって、殺してしまう場面。
   ちょっと、やりすぎではないかと思います。
 
  でも、人間と動物の友情・共存などを通じて人間の生き方について語っています。


   それが最後の「ムーン山」の山頂シーンに最高潮になります。
寒さと空腹の中、レオは自分を犠牲にし、自分の肉を食べさせ、自分の毛皮を与え、ヒゲオヤジを助けます。

  


  動物と人間の絆を描いています。
  実は、これには伏線があります。
物語の最初に、生まれたばかりのレオがアフリカに帰ろうとし海を漂流している時に、たまたま一緒に筏に乗り合わせた、ほとんど登場しないキャラのクッターが空腹に耐え兼ね、レオを食べようと します。

  考えあぐねた結果、レオを別の筏に乗せ、別行動をとるシーンがあります。
  この最初と最後のシーンを僕は忘れられません。

  作品全体には、「動物レストラン」を導入したりして、動物同士がむやみに殺しあうことない世界をつくろうとしています。
  それは動物だけでなく、人間の理想郷でもあるのでしょうか?
  ここに、手塚の戦争体験を通じて、1950年代に日本に現れ始めた民主主義のにおいがします。
  
  『ジャングル大帝』は、文学的と思えるほどのテーマを抱えて、非常に品格ある作品です。
   
    
  5. 総合満足度  5/5点
  久しぶりのこの『ジャングル大帝』を読み返し、まだ20歳前半の若い手塚の姿も見えますが、その深さを堪能しました。
  4つの切り口でこの作品を見てみましたが、ほぼ満点の5点を僕は付けました。

  1950年連載開始の今から70年以上前に描かれた作品ですが、少しも古さを感じさせません。
いや、漫画少年の原稿がベースで、後年書き加えられているのではありますが、今読んでも感動を覚えます。
  皆様にも、是非読んでいただきたい作品です。

 それにしても、今回のテキストの「手塚治虫全集」に収められた『ジャングル大帝』のストーリーの複雑さ。
それに加え、前回ご紹介したように、他に5本のストーリーの存在。
この複雑さが、ある意味、この作品を更に魅力的な作品にしているのではないでしょうか。

 手塚本人も「あとがき」で書いています。、

6回も本になっていて、そのたびにストーリーが変わります。
ストーリーが沢山ありすぎ、どの本の筋書きがまとものなのか僕にもわかりません。
  テレビの『ジャングル大帝』にいたっては、毎回読み切り形式の番組のため、ずいぶん違った話が作られています。


 何よりも作品が発表されてから70年以上もたっても、作品は深いテーマを持ち、それでも面白く、古さを感じさせてません。
 まさに「漫画のクラシック」です。

   
●エピローグ
 よく相棒のKaitoに、「読むのが複雑なマンガはアニメから入りなさい」と再三言われていますが、僕にはそれはできません。
 それは、僕は、マンガとアニメは別物だと考えるからです。
 『鉄腕アトム』はマンガとアニメは、手塚本人が指揮をしていますから、ほぼ近いアニメ作品になっていると思います。
 でも、それは世界観が同じ位ではないでしょうか。

 『ジャングル大帝』に至っては、最初の「プロローグ」で書きましたように、漫画とアニメは別物で、世界観が違うのではないでしょうか?
 そのため、手塚本人は、嘆いた?のではないでしょうか。

 これについては、稿を別に立て、『ジャングル大帝』アニメ編ということで、山本英一『虫プロ興亡記』を紹介しながら、書きたいと考えています。

 

P.S.

  夏、トキワ荘ミュージアムの「トキワ荘と手塚治虫ー『ジャングル大帝』の頃」に向かう途中、自宅のそばで見た雲がレオのようでした。