昨日にひきつづき、ロイアイ20のお題の続きです。


抱いて


 -君にきつくきつく抱きしめていて欲しい。

 この心を、私の全てを。

私が私でいられるように。

 自分の存在する理由を見失わなくてすむように。

 明日もまた、前だけを見て。上を目指して進めるように。

 私には、君が必要なんだ・・・



 ―-時々、あなたにぎゅっと抱きしめてもらいたいなんて思うことがある。

 そんなことは許されることではないのだけれど。

 私は貴方の副官。常にあなたを守る盾でいなくてはならない存在。

 貴方にとって、私は捨て駒でなくてはならない。

 貴方に人間として必要とされることなんて考えてはいけないのに。

 それでも。必要とされたい。

 自分の存在の小ささにどうしようもなく泣きたくなる。

 そんなときは、貴方に抱きしめていてほしい。

 貴方に必要とされることだけで生きている私を。



 その日はヒューズの殉職した日だった。

 軍部で彼と関わった人間の誰もが忘れることのできない日である。

 ロイは毎年、この時期がくるとどこか表情に翳りをみせる。

 何年たっても忘れられるはずなどない。

 青春時代を、魂の極限の状態まで追い込まれた、あのイシュヴァールの激戦を共に生き抜いてきた
 かけがえのない親友がこの世から突然消えてしまった日。それも悔やんでも悔やみきれない死に方で。


ロイはこの日は毎年必ず、昼過ぎには仕事を終わらせて夕方にはヒューズの墓参りをする。

執務室を無言ででていくロイにかける言葉を誰も知らなかった。

日が暮れても彼は戻らなかった。夜勤の者以外は皆ぼちぼち家に帰り始め、夜勤のものもそのうちいなく     なり、部屋にはリザだけが一人残り大佐の帰りを待っていた。

 (まだ戻らないのかしら。いつにもまして遅いわ・・・) 
仕事を片付け、一人ぼんやりと読書をしていたリザは少し心配になった。そんなとき、静まりかえった廊下から足音が聞こえた。ロイだ。しばらくして部屋の扉がゆっくりと開いた。          


「大佐、お帰りなさい。この寒空の中、コートも着ずに出かけていらっしゃったのですか?」

室内にいても少し空気が冷たいくらいの季節、ましてや夕刻の屋外。

心配そうな顔をして近づいてきたリザに、ロイが突然覆いかぶさってきた。


「大佐、いきなり何をするんですか?」


驚いたリザはいくぶんか上ずった声で抵抗を試みるが、彼の奇行の原因を即座に理解し、口をつぐんだ。

回された腕の力強さと、肩に乗せられた頭の重さ。髪からはほのかに秋の匂いがする。

こんな状況なのに体は正直で、心拍数がどんどん早くなっている。

軍服から漂うひんやりと冷たい空気。

凍てつく風が吹き抜ける場所にただ一人、何時間も立ち尽くしているロイの姿が容易に想像できた。

彼の心中を察したリザは、脈打つ心臓を落ち着けた。

何と言って慰めたらよいのだろう。

いまの自分には何もできないのだ。

こうしてただ、彼の悲しみを受け止めることしか。


「すまない、中尉・・・しばらく。もうしばらくだけこうしていてくれないか。」


リザは首筋に冷たいものを感じた。

 (泣いているのだ、あの大佐が。

誰にも弱いところを決して見せない彼が。

私の前でだけはそのようなところを見せてくれる。)


 だが、それはいつもではない。

本当に、本当にごく限られたとき。

彼が極限まで追い込まれているときだけ。

リザははやる心臓を抑え、彼を抱きしめ返した。


「大佐、私はいつでも貴方の側にいます。ですから、何でも一人で抱え込まないでください。

貴方の悲しみも苦しみも、全て受け止める覚悟はあります。ですから・・・構わずに雨を降らせて

ください。貴方は雨の日がお嫌いですが、私達人間は雨の日もなくては生きていけませんから。」

そういいながら、リザはゆっくりとロイの黒髪を撫でた。

「だが、雨の日は君に無能と言われてしまうからすきではないな。」


泣いているのを軽口でごまかそうとするロイ。

「無理して冗談をおっしゃらないでください、余計に辛いだけですよ。」


うっすらと潤んだ漆黒の瞳が彼女の鳶色の目を捉えた。

(・・・この迷いの無い真っ直ぐな目。一見感情なんかないように見えて、優しさと愛情に満ちた目。

私は、この目にどれほど救われてきたことだろう。)


ロイは自然に、本当にごく自然にリザに口付けた。

リザは、それを拒まなかった。

それは愛情でもなく同情でもなく。

お互いがお互いを必要としているサイン。

彼らはそのまま、しっかりと抱き合ったまま時がたつのも忘れて窓際に立ち尽くしていた。


「今夜・・・私の家にこないか。一晩中君に側にいてほしい。」

「・・・わかりました。それで貴方が安眠できるのなら。」


その晩、リザは本当にロイが眠れるまでそっと彼を抱きしめていた。


ロイはずっと夢でうなされて泣いていた。

そんな彼をリザは優しく抱きしめ、何度も何度も髪を撫で、寝かしつけた。


――愛しい人。私が命をかけて貴方を守りぬきます。

決して一人にはしません。私もまた、死にませんから。

死なずにいつまでもずっと、こうしていたい。

あなたの側にいて、あなたの心も体も抱きしめていたい。


ロイのぬくもりを全身に感じながら、リザもまた眠りに落ちていった。