久しぶりに書きたいこと思いつきました!

 

なんか、すごく嫌なことがあるとき、

自分がどれだけそのことが嫌かを伝えたくて

「これなら○○のほうがマシだわ」

って、こんなふうにいうことがあります。

 

例えば、

「こんな毎日暑いなんて、

どんだけ寒くても南極に住んだほうがマシじゃない?」

みたいな・・・

 

こんな感じで極端なこと言って、

「どんだけー」って楽しんでるぐらいならいいんですが、

 

私はすごく傷ついたときに、けっこうこんな考え方で

生き方を選んできたなってふと思ったんです。

「こんな悲しいなら、○○の方がマシ」

「私のやりたいことって○○なんだ!」

みたいな飛躍があったんです。

 

 

『お前なんか家を出て行け!』

ってそんなこと言われるぐらいなら、

自分から家を出て行って、どんだけ貧乏暮らしでも

親に頼らないで一人で生活したほうがマシ!

私は早く働いて家を出たい!進学もいらない!

 

 

彼が早く結婚してくれなくて苦しいまま待つぐらいなら、

別れたほうが期待しなくていいからマシ!

もうあなたなんて嫌い!別れよう!

 

 

こんな人手足りてるのに雇われて、

「何させよう・・・?」って持て余されるぐらいなら、

雇われない方がマシ!

それか職場全部の床拭き命じられた方がマシ!

もうやめたい!

理不尽でもいいからもっとこき使って!

 

書いていて痛々しいです・・・

 

「最悪よりはマシなもの」って、

最悪よりちょこっと良いだけで、

そんなの最悪とたいして変わらない。

そんなのが本当の幸せだったり、

やりたいことだったりするわけない。

 

ホントの幸せとかやりたいこととか望むものは、

最悪なことの裏にあったんだ、と

気づいたんです。

 

私は、

「この家にいて欲しい」って言って育ててもらいたかったし、

早く彼と一緒に暮らしたかったし、

ちゃんといい仕事して役に立って、笑顔でお金もらいたかった。

 

それが叶わないのはすごく傷つく最悪の事態だから、

「最悪よりはマシ」なものに逃げて、自分を守ろうとしてきたんだなぁ。

でも、それでは幸せにはなれない。

 

きっと必要だったのは、

「マシなもの」を選ぶと「幸せ」になるんだ

という勘違いに気づくことと、

最悪の事態が起こった時に、

イモムシみたいにその辺に転がってむせび泣く覚悟

だったんだな。

 

なんかそんなことを思ったんです。