逃げる男 -2ページ目

気の早い私

幸か不幸か、私は恐らく相当楽観的であり、物事のあきらめも良く切り替えも早い。

もちろん今回のことは、大切な大切な子供のことも関わっている訳だし、そう簡単に割り切れない。ただただ夫が情けなくて悔しいし。


でも前向きな私はちょっと調べてみたのだ。


検索キーワードは、

「離婚手続き」

「慰謝料」

「シングルマザー」

そして「子連れ 再婚」・・・

「子連れ 再婚」というキーワードで検索すると、「ステップファミリー」という言葉が目に付いた。

どうやら子連れ同士の再婚ということらしい。


ところが、これって問題が多いらしいのだ。

以下に述べるのはそこにかかれていた一般論ですよ!一般論。


「母親側が子供を引き取って育てている場合は、「片親だから・・・」って言われるのを恐れてきちんと教育もしつけもしている。でも父親側が育てている場合は、「お母さんがいなくてかわいそうだから・・・」って父親のみならず、ジジ&ババも総出で甘やかし、しつけも猿以下のロクでもない子供になっているパターンが多いから、ステップファミリーで再婚しても奥さんは苦労する・・。」という内容のもの。


さ、猿以下~???


と思いながらも何となくわかる気がしたりして。


子供ってやはり母親が必要。男の子なんて結構大きくなるまで甘えん坊だし。でもそうやって母親がいないうちは、お母さんが男作って出ていっちゃった・・・とか子育て放棄・・・とかとんでもないパターンが多いのかもしれない。それって子供の心の傷つき方も違いますよね。もちろん、他の理由で母親がいなくても、立派に子育てしてらっしゃるお父さんもたくさんいらっしゃると思いますよ!!!でもそういうパターンが多い・・・と。


そしてやはり子連れであることのハンデをまじまじと思い知らされたのでありました・・・・。


でも先日会った親友曰く、


「ほら、無精子症で子供すっごく好きなんだけどできないって言う人とかもいるし!!!」


ってちょー真顔で私のことをなぐさめてました。あまりにも真顔だったので笑うに笑えなかったんだけど・・・。


失踪 再び!!!

家族会議で「なかなか信頼を回復するのは大変だと思うけどがんばる」とみんなの前で言ってのけた夫。


そんな夫がまた失踪した。


土曜に家族会議、そして日曜の夜にはすでにまた連絡が取れなくなっていた。会社の人から実家にまで電話があり、「今日約束してたのに連絡が取れない」と言われて気付いたのだが。その時点で「あー、やっぱりこの人はもうダメなんだ。」って思った。月曜の夕方には私のケータイメールに一言、「ごめん」と送られてきた。すぐに電話をしたけど留守電状態。その後もやはり連絡取れず。


月曜の夜に実家から自宅に戻って来た時には愕然とした。


茹でた麺が乾燥してこびりついたままのお鍋、保温されたままでガビガビになった炊飯器のご飯、食べ散らかした後のお皿。乾燥機から出されてその辺に放られた洗濯物・・・・・。

ダメだということをイヤでも再認識させられた。

「出て行って」と言ったのに、本人の荷物はほとんどなくなっていなかった。


もう私のことも子供のことも捨てたんだなーと思うしかなかった。


これから先、幼い子供を二人抱えてどうやって暮らして行ったらよいのだろうか・・・?


現実逃避したいのは私の方だ。

友人に離婚を告げる時の心得

1.マスカラはしない。もしくはウォータープルーフに。(泣きが入ること前提で。ただでさえみじめな上に顔までみじめにならないように!)


2.お酒は飲まない。(飲むとただのグチっぽくなってしまう可能性アリ。きちんと冷静に客観的に話すことが必要。)


3.できれば昼間に会う。(お天道様の下だと素直になれます。)


という訳で、中学からの友人に会ってきました。

と言っても心得2は失敗。元からお酒好きな二人は昼間から飲んだくれてしまいました。


まだ具体的にはどうなるかわからないから時期尚早ではあるかもしれないけど、20年来の親友には早めに話しておくべき。意見も聞きたいし。母が「子供たちみてるから話してきたら?」って言ってくれたのです。


ある程度話したところで、


「もうそれは一生直らないねー・・・・。」と言われました。



それは私が一番聞きたくなく、そして一番必要としていた言葉だったかもしれない。


それが現実。

それが客観的な答え。

それがわからなければいけない事実・・・。

家族会議

 家族会議が開かれることになった。


 本当は出張から帰って来た昨晩に、まともに話していなかったウチの母と向かい合って話しするつもりだった。

 そこへ出張初日の突然の告白。


 もうウチの母もあきれて「話したくない」と言っていた。


 ウチの家族だけでは話しにならなそうなので向こうの両親も呼んで家族会議をすることになったのだ。



 向こうの親は来るなりいきなり土下座。

 でも私にとっては不快以外の何者でもなかった。 

 失踪した時に電話で話した際にも、お給料が3ヶ月間一銭も入ってきていないことを言っても、「もうこちらは(金銭的に)何もできないから」とつっぱねられていたし。


 家族会議は思ったとおりの展開。

 まず本人からの今までのいきさつの説明。

 それから私なりの見解。

 それからウチの母が客観的に見て感じていたこと。


 でも本人的には、会社のこと、家庭のこと、これからの生活のこと・・・、何ひとつどうしていくのか、どうしたいのか決めることもできず仕舞いだったのだ。


 土下座するしかない向こうの両親に業を煮やし、ウチの親が「ムスメと孫の当面の生活の面倒はこちらでみますから!」っと言ったが、それでも向こうはもう孫はこちらにあげた、というカンジ。 子供たちに「(自分のこと)忘れないでね」なんて言っちゃって。また腹が立った。


 結局その場で何も進展がないので、しばらく夫には家を出て行ってもらって、全てをキチンとしてもらった上でこれからのことを決めて行くしかないという結論に至った。


 私たちは荷物をまとめて3日ほど実家に行くことに。

「月曜の私たちが帰って来るまでに出て行ってね。」と夫に告げた。

不幸中の幸い?

なんで普通の幸せすらつかむことができないのだろうか?


そんな疑問が最近常に自分の中にあった。


きっと大きな幸せが訪れる人にはその反対もあるのかもしれない。

逆境に耐えられるパワーを持っていると神様に判断されているのかもしれない。


そんな時に力を貸してくれたのは意外にも実家の父だった。


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実家は実家でまた昔から大変だった。


お坊ちゃま育ちで気の弱い父は普段は優しいけれどいろいろ感じやすく自分の中に溜め込みやすいタイプ。それをお酒で発散していたのであった。


それが災いし、近年には肝臓を患い生死をさまよう。その後、奇跡的に生き返ったものの言動がおかしくなりアルコール依存症で入院。それでも完全には立ち直ることができず、最近、別荘を売ったお金を一人持ち逃げして失踪していたのだった。


そこへ私のこの事件。

父が失踪してから数ヶ月ぶりに母が携帯に電話をして連絡を取ってみた。

するとすんなりと父がまとめて自分が持っていたお金を私に貸してくれたのだ。

そのお金がなかったら私たちの当面の生活だって困っていた。


「きっとおばあちゃまが守ってくれたのよ」

と母は言う。


60過ぎで他界した父の実母である祖母は、亡くなる前にウチの母に「○○ちゃん(ウチの父)のこと頼むわね・・・」と言い残していた。そのせいか、不思議といくら離婚しようと思ってもできずに今まで来ていた。今回の「持ち逃げ失踪」のおかげ(?)でやっと離婚の決意がつき、私のことがなければ今日にでも弁護士さんに離婚の手続きを頼もう、と思っていた矢先だったのだ。


運命というのは皮肉なものだ。


私たちは偶然我が家の近くにある実家のお墓に、細木数子にならってお墓参りをしに行くとこにした。

失踪

火曜、普段と同じように長男timideの幼稚園バスを見送って会社に行った。

でも実は会社に行っていなかった。月曜から。

それは火曜の夜の会社の人からの電話で発覚した。

そしてその夜、家にも帰ってこなかった。

はっきりしているのはオンナのとこではない。

それだけは確かだった。

でも、私は食事も喉を通らず心配し続けた。普段と同じように出て行った姿が心配だった。

それだけ思い詰めてたんじゃないかって。

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昨晩帰ってきた。ひょこりと。

帰って来てくれただけでもいいと思った。

だからどこに居たのかも問い詰めず、明るく迎え入れた。

朝に「夫がいなくなった」と泣いて電話をしてしまったので、実家の母が仕事を終えてから駆けつけてくれた。その時夫は「お義母さんが来るまでちょっと寝る」と寝てしまっていた。その後会社の人から呼び出され、出て行き、明け方まで帰って来なかった。

そして次の日。

母に詫びを入れ、前から決まっていた国内の出張に1泊ででかけた。

私は気をきかせて「出張費いくらいいるの?」と聞いて、後から5万円振り込むことを約束していた。

しばらくすると電話があり、

「ウソをついてもしょうがないと思うからちゃんと言おうと思うんだけど・・・。

実はいなくなってた時、ソウルに行ってたんだ。」

と言う。

「はぁ!?お金はどうしたの!?」

「それなんだけど・・・。

実は大学の友達が会社のために出資してくれた30万のうち20万使った・・・」


「・・・・(絶句)・・・・」


「で、会社にそのお金を返さなきゃいけないんだけど、その分も振り込んでくれないかな」


彼は、私が昨日泣いてうちの親に電話した時に生活に困っていることも話し、まとまったお金を貸してくれていたことを知っていたのだ。その上で自分の不始末の尻拭いを私にさせようと言うのだ。


「はあ????

何言ってるの?

ウチの親がどんな気持ちでそのお金を貸してくれたかわかってるの????

しかもこれからお給料だってどうなるかわからない、ウチのたいっせつな生活費なの!

それをアンタの尻拭いのために使えるわけないでしょ!!!

ちゃんとパートナーに話して、困るなら困って苦しめ!!!


と言って電話をブチッと切った。怒りに震えてワナワナしていた。


母につぶやいた。


離婚するわ・・・

2004年6月 転落

 ふと気付いたときにはもう遅かった。


 夫宛にカード会社から督促の電話、手紙などが来るようになった。


 おかしいと思って問い詰めると、出るわ出るわ。多額の借金。


 もう普通のサラリーマンのお給料では返せない額になっていた。


 とりあえず今月の支払い、百何十万とか。


 とりあえずビビって実家に借りに行かせた。何とか120万円借りてきたけど、あっと言う間に右から左に消えて行った。


 これからどうしよう・・・。

 お給料がいくら良くても限度がある。


 どどーんと暗くなるしかなかった。

ことのはじまり

 仕事を辞めた。妊娠7ヶ月。


 夫は某商社を辞め、ベンチャーに転職していた。お給料もグングン上がっていたが、なぜかいつもお金がなかった。本人曰く「精算が追いつかない」からだそうだったが。


 これから専業主婦として家計を預かる立場として、家計をまかせて欲しいと申し出たが、その話しをすると普段とても穏やかな夫がムキになって言った。


「それならお金のこともたくさん勉強して、本もたくさん読んでもらわないと困る。はっきり言ってキミの金銭感覚が信用できない。」


この頃からちょっとおかしいと心の中で思っていたのかもしれない。


でもまだまだこれから先に起こる様々な出来事までは予測できずにいた。