元から
“神様”とか“スピリチュアル”とか“前世”とかは好きで、興味はあった。
でもいつからかひとりで修行にでたり、
いろんな出来事から考えが大きく変わったり、
大切な人がこっちの世界から旅立ったりしたことがきっかけなのか、
何かとつながるようになった。
“それ”が何か、って説明は全然できないんだけど。
でも仕事も恋も体も自分が今いる世界も
“それ”とは切れない関係にあって、
全部つながってるんだなぁ、と思うようになった。
そのことに気がついた頃くらいから、
周りの物事がとんでもなく早く進んでいっているような気がする。
オーストラリアに来るまでの過程もそうだし、
こっちに来てからの出来事もそう。
全部、ぜんぶ、つながってる。
起こりうる“それ”は全部、自分が望んだことで、
ありがたいことにすべては良い方向に進んでると思う。
いつからか自分に嘘がつけなくなった。
それでも時々、前に進むのが怖くなったり、
自分でも気付かないうちに目をそらしていることがある。
でもそうやって気がつかない振りをしていても、
どうにもこうにもならないような方法で知らされてしまう。
“それ、違うんじゃない?”って。
よく
“新しいものを得るには何かを手放さなければいけない”
とか
“何かを手に入れる時は同時に何かを失っている”
とか言う言葉を耳にすることがあるけれど、
それには私、納得できなかった。
「それってきれいごどじゃない?言葉としてはかっこいいけど、納得はできないなぁ。考え方次第では?」
って思っていた。
私がたまに思い出す言葉
“祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり”
これって多分中学くらいの時になんかの授業で習った
古文みたいなのだと思うんだけど、
“この世に永久不変のものは何ひとつとして無い”
みたいな意味だったと思う。
これってまさに真実、だと思うし当り前のことなのに
ふとした時に思い出してハッとする。
昨日と今日の私は同じじゃない。
前に進もうとする時、
何かを決断して行動にうつす時、
私は何かを失っているわけではないのだけど、
絶対に何か
“今までの自分”
と決別していることに気がついた。
しかも大きな一歩ほど、つらくて痛い。
毎日のスピードが速くて、
たまにちょっと休みたいような気持ちになって、
放っておこうとするんだけど、
知らない振りしてると、
やっぱりどうにかこうにかおかしくなる。
やっぱりごまかせない。気持ちわるい。
“それ”は意地悪なものじゃなくて、
いつも優しく道を示してくれる。
最近また新しい夢?野望?が出来た。
そしたらまた、決別しなきゃならなくなって。
でもちょっと、もうちょっとだけ待って欲しいな、と思った。
もう少し、時間をかけたかった。一緒に。
でももうだめだった。
私が新しいものを求めたから、気付いちゃったから、
それにつながるように、道を示してくれた。
ただそれだけ。
だからもう歩きださなきゃいけなくなった。
もっと強くならなきゃなー。
ほんとうにありがたいこってす。




