こんにちは。


おいしい だいすき やっはっは
焼き菓子 にの帆 のなかひろこ です。


最近、自分のことで大きな気付きがあったので、今日はそのお話しを。


私はストレスクリアというコーチングメソッドを提供しつつ、私自身も信頼しているコーチからストレスクリアのコーチングを受けています。


1年以上前になりますが、今のコーチから4回目のストレスクリアを受けたときです。


私の無意識から『さみしい』という感覚が出てきたんです。


そのとたん、過去の記憶が芋づる式にダダーっとよみがえって押し寄せてきました。


あの時の出来事もこの時の出来事も今ある悩みも、根本にあったのは寂しさだったんだ!
そっか!私は寂しさ感じまいと必死で蓋をして生きてきたんだ。と気付きました。


こうして知らなかった自分、忘れていた自分に出会うことができるのがストレスクリアのすごいところ。


認められなかった自分も、さらっと受け入れられるようになるんです。


なるんですが。


その時はなんだか違いました。


(私は寂しくないし、寂しがりやなんてカッコ悪いものであるはずがない!)と、否定する自分が残っているんです。


頭でわかっていても腑に落ちきっていないというか。


(さみしさの奥にまだ何かある)


そんな感覚でスッキリしないのです。


その「何か」を知りたくてセルフセッションを何回か試みましたが…わからない。
寂しいのは確かだけれどただの寂しさじゃない。


寂しい自分を受け入れきれないままに過ごしてきました。


そして迎えた今年。


私のコーチから、カードセッションのプレゼントがありました。


いただいたのは
『依存心を手放して自分を信頼する。その先にあるものは、あふれる豊かさ。』
というもの。


依存されるのは苦手な私ですが依存される出来事が多いのも確か。


ということは私にも強い依存心があるということ(鏡の法則ですね)。
そして何かを相手のせいや状況のせいにしてしまう癖も、依存心からきているのは自覚しています。


依存心を手放すのが今年の課題だなと思った矢先、『依存』について考えざるをえない、とても嫌な出来事が起こりました。


こんなの望んでいない。でも来るってことは無意識が求めているから来る。


そこで、嫌な出来事で感じたことをテーマに、ストレスクリアのセルフセッションをしました。


そしたら思いがけず、ずっとわからなかった『さみしさ』の正体がわかったんです。


それは『私だけ父のことを知らなくてさみしい』でした。


早くに亡くなった父のことを私は知りません。


家族に父の事を聞いても、特に母は嫌がる感じで話をそらしてしまう。
そんな姿に『父のことは聞いちゃいけないこと』と感じた幼い自分を思い出しました。


今思えば、母は夫に先立たれた事を受け入れられずに辛い思いをしていたのかもしれない。
祖父母は、私に不憫な思いをさせないようにと父の話題を避けていたのかもしれない。


私は勘違いしてしまってました。


幼かった兄は記憶がほとんど無いとはいえ、一緒に過ごした期間がある。
母・祖父母にはたくさん思い出がある。


(いいなー。ずるいなー。知らないのは私だけ。)と、拗ねてしまった。仲間外れなようにも感じてしまった。


聞きたい、という『本音』を隠していたがために、さみしい気持ちを出せず溜まってねじれて絡まってしまって。
それが私の場合『依存』という形で現れていた、と気付きました。


父の事を、すごく知りたかったんです。


日にちは前後するんですが、この気付きが起こる数日前に映画『リメンバー ミー』を観ました。
ハッピーエンドの話なのに、すごく感動したのに、なぜか悲しい寂しい気持ちとごめんなさいの気持ちが強くて声をあげて泣きました。
(そんな私に長女ドン引き、次女わけわからずオロオロ。笑)


なんでこんなに寂しくて悲しいんだろう、何にごめんなさいなんだろうって自分でもわからなかったんですが、今ならわかります。


父からのメッセージがいっぱいつまった映画でした。


そしてこの一連の出来事は父の命日をまたいで起きていたことに、記事を書きながら気付きました。


春に実家へ帰ったら、お墓参りをして父を知っている人に父の話を聞こうと思います。


今日は立春、明日は私の誕生日。
生まれてきたことに感謝です。