
当時御年70うん歳(多分)。人生の大先輩である。
この頃は楽器の修理をほそぼそとやっている感じだったが、GS真っ盛りの頃というから'60年代中頃くらいから薄野にお店を持っていて、楽器販売のほかに貸スタジオも営んでいたのだそうだ。いつごろ撤退したのかは聞きそびれたが、長い間営業していたようだ。そして、こんなエピソードを聞いた。
「今も少しはそうかもしれないが、当時バンドやってる奴らなんか、ろくなもんじゃないよ。まあ不良のかたまりだね。そんな奴ら相手に商売していたわけだから、ホント大変だったんだ。ある日にはね、薄野の飲み屋で生バンドやってたやつらだよ。だから信用して貸してあげたのに、30分くらいしてもぜんぜん練習している雰囲気がない、それどころか、店の中や外がなんかごそごそしてる。で、スタジオ覗いてみたら、ドラムスやらアンプやらマイクやら一式ごっそりなくなってるんだ!慌てて外に出たらあいつら、えっちらおっちらトラックにオルガン積み込んでるところだった。こんにゃろう。ってんで、その辺にあったぼっこ掴んでばんっばん殴ってやったら、あいつらトラックと機材置いて逃げていきゃあがった。もちろんそれから出入り禁止さ。」
すんごい時代だったんですねぇ~、とか聞きながら部屋を見渡す。決して広いとはいえない事務所内にはヴァイオリンやらビオラやらトランペットやらトロンボーンやら所狭しと並んでいる中に、お茶なんかこぼした上に日焼けっぱなしで、裸の上に画鋲でぶっ刺してある色紙に目が行った。
「あのう~、あれ、アート・ペッパーの色紙じゃないんですか?to N。って書いてあるから直筆ですよね。」
と訊くと
「なにぃ~、アートォ」と言って少々興奮していらっしゃる。訳を尋ねるとこうだった。
「あいつはな、俺んとこにサックスが壊れたから直してくれって言ってきたんだ。だけど、俺、ドラッグやるやつ嫌いだから、断ったんだ。だって、その時もアイツ、ドラッグやっていたんだ。俺には目を見ればわかる!」
「ええ~っ、断っちゃったんですかぁ。」
「いやね、それがね、マネージャーだか、通訳だかの付き人がね、お金いくらでも払うからやってくれって言うんだ。だから俺、ますます頭来ちゃってね、『銭金の問題じゃない。ドラッグやるような奴の楽器は直さないっていってんだよ。帰れ!帰れ!』ってやったんだ。そしたらペッパーの野郎、本当に困ったらしい。だってね、当時札幌で楽器直せる腕のいい奴は俺くらいしか居なかったからね。[Nさん、むふふふと誇らしげに笑いながら]だから本当に困ったらしい。で、ペッパーの野郎と通訳だかがお願いします。お願いします。って頭何度も下げるんだよね。こう頭下げられて、そのまま帰したら、人間じゃない。人でなしになってしまう。だから、直してやったんだけど、条件付けてやったんだ。」
「どんな条件を?」

「え??ま、まさか、お金とらなかったんですかぁ?」
「当たり前だよ、あんな奴から金取ったら俺の腕が腐る!」
「そのまま帰しちゃったんですねぇ~。」
「ん。でもね、ペッパーの野郎、それじゃ悪いからってんで、渡してくれたのがその色紙サ。お礼の積もりだったんだろうが、俺にとっちゃあ、大したもんぢゃあない。」
うあ~っ、すごいお話きいちゃったなぁ。と自分はコーフンで体ブルブル。Nさんすごいぜ、惚れたぜ。と盛り上がった中でも自分はきっちりひとつだけ、僭越ながらご忠告申し上げた。
「お気持ちはわかりますが、アート・ペッパーの直筆サインは今となっては貴重な物。それをむき身でそのままピン刺しじゃあ、あんまりです。額がだめならせめてビニールかなんかで包んでやってはみませんか?」
すると、忠告を聞き入れてくれたのか、翌週Nさんとこを訪れた際に、ペッパーのサインはビニールに包まれていました。シワシワの、そこらへんに落ちていたようなブツでしたが。しかも、その上から画鋲ブッ刺しは相変わらずで。
(次回はロン・カーター編。乞うご期待!)