そのまま死ね。
って今日、言った。
死ねばいいのにとは何回も思うし実際そうなればいいと思うし口に出すのに、死ねと言ったことに後悔してる。死ねばいいのは私だろ。車に飛び込むのも私だろ。ぜんぶあきらめて投げ出して死にたくなる。
でも死んだらお前は一人だよとさいとうが言うから。一人はいやだから。こわいからと言い訳して死にたくないと言う。
死ねばいいのに。死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに。
前回の記事よりは落ち着いたので、反芻しながらまとめを。
境界例(境界性パーソナリティ障害ですが略して)と思い込んで殆ど疑わなかった私ですが、そんなスタンスで診察に臨んでしまったので、境界例ではなく適応障害と云われて「今まで境界例だと思って悩んだ自分の時間ともろもろ」を否定されたように感じてひどく腹立たしくなおかつ興奮していたので、医者に対しては死ねとか嫌いだとかしか浮かばなかったのですが、昼寝を挟んで落ち着いたので言われたことを考えてみます。
医者は「まともで正常」と言いました。私は自分は異常だと思い込み信じて疑わなかったので、自分の見解を全否定されたように感じて腹を立てました。医者が言いたかったことはなんだろう。認知症にかかった母親のことを母親として見られなくなったことや、死にたい気持ちになるときはストレスがかかっているだろうことに対して「それはまともな反応で正常」という意味で言ったのでは?と考えられるくらいには落ち着きました。
話を耳に入れて、噛み砕いて理解するまでに時間がかかるのに、その間に腹を立てて興奮するというのを挟んでしまったので、落ち着いて反芻できるまでに時間がかかりました。
怒ったり泣いたりが頻繁にあることは医者には伝え損ねましたが、「適応障害ではないか」とのこと。
適応障害について調べてみたところ、「情緒不安定による気分障害」「声を荒らげたり、泣き出したり」「もし、医師から適応障害という診断が出たということは、関係者は、この複雑で根深いストレス状況そのものを改善する必要に迫られているのだと理解せねばならない」だそうで。
ストレス状況を改善はムリだとして、自分で改善したい部分はある。
予約を取らなかったのは、興奮していて医者に対して不信感があり腹立たしくも感じていたためだが、予約はまあ後々とればいいとして。通院するかどうかは考え中。適応障害に対して薬でどうこうしようとは思わないし、薬増えるの嬉しくないし。適応障害がどういうもので、どうしたら改善できるかなら知りたいと思うので治療目的ではなく知ることを目的にもう一度行ってみようかとは思う。
これが今の私の見解。
で、改善したいことは、怒ったり怒鳴ったり泣き出したりすることを減らしたいということ。
心に余裕を持ちたいこと。リストカットを止めたいとは今のところはあまり思わないので心のもちようを変えていきたい。そういうわけでこれからを過ごしたいと思います。まる。