冬になる度に思い出すのはあの子の記憶。
「誰かが見送ってあげないといけないんですよ」
そう言って、手を真っ赤にして雪の中にお墓を作るあの子とそれをただ眺めることしか出来なかった僕の小さい頃の思い出。
「ソウタ、起きなさい!ソウタ!」
僕を呼ぶ声がする。夢と現実の間から冷たい空気が僕に触れる。さむい。僕は布団の中へと顔を埋める。普段と違う香りがする。
あれ?ここってどこだっけ?
と同時に布団が剥ぎ取られた。
「起きなさいっての!」
温もりを奪われ、一気に現実へ戻される。見上げた先に立つのは僕の母親だった。
「なんだよもう…乱暴だなぁ」
「いつまで寝てるの!おばあちゃん家なんだから、早く起きてご飯食べなさい!」
言われて、ようやく思い出す。僕達は今、母親の母親。つまり祖母宅に来ていた。そして、しばらくの間は僕達はこの家で過ごすことになる予定だった。そんなことを思い出しながら目をこすっている間に母親は近くの窓をガラリと開けた。窓の向こうは銀世界。すなわち、雪が大量に積もっていた。こんなに積もった雪を僕はテレビでしか見た事はない。ただその雪はテレビと違って本当の冷たさを持っていた。すなわち
「さっぶ!?」
ボクは慌てて半纏を羽織ると部屋を飛び出した。
「ソーちゃん、おはよう」
「おはよう。おばあちゃん」
「今、ご飯よそってあげるから座って待っといで」
「ありがとう」
キッチンにいた祖母がテーブルを指さす。僕は祖母に甘えることにして座って待つことにした。ふとテーブルに置いてあった新聞を手に取る。ごちゃごちゃとした字が並ぶ中、天気予報の欄を探す。
そういえば、この辺りの地名知らないや。おばあちゃんに聞いてみようかな?
と思っていたら天気予報欄をみつけ、全て雪だるまマークが並ぶ天気予報に質問する必要ないなと悟った。
「あら、ソーちゃん。新聞読むのかい?」
「ううん、天気予報だけ。でも、全部雪だるまだったよ」
「この時期はいつもそうだからね。はい」
祖母がお盆に乗せた朝食をテーブルに置いてくれた。僕は新聞を置くと手を合わせて「いただきます」と言って朝食をを食べ始めた。
朝食を終えて、僕は外を出歩いていた。身支度を整えて出かける前に祖母が寒くないように大人用の防寒着をいっぱい着せてくれたおかげで寒くはないがすごく歩きづらい。雪道に慣れてないこともあり、既に10回くらい転んでいる。出歩くなんて言わなければ良かったとも思ったが、あの家に。いや、あの母親と今一緒にいるのはなんとなく嫌だった。僕は雪でぐしょぐしょになった手作りの地図を見る。そこには新しい学校までの行き方が描いてある。明日から1人で通う以上、道を覚えておかなければならないのだが雪のせいで目印となるべきものが見つからない。あるのは雪でおおわれたオブジェと頭から木の枝を生やした不揃いの雪だるまくらいである。
「どこだよ…」
「ねえ君迷子?」
その時、雪だるまの影から人が飛び出してきた。いきなりの事に体制を崩した僕はド派手に転んでしまう。
「わぁごめん!そんなに驚くとは思わなかったんですよ!」
倒れた僕に手を伸ばし立つのを手伝ってくれたその人は僕より少し背が低く黄色のコートを着ていた。襟元に膨らむ長い髪からして多分女の子なのだろう。
「ありがとう。雪道にまだなれてなくて」
「そっかぁ。それはいきなり声をかけて申し訳なかったのです」
「いや、実際に道がわからなくて困ってたんだ。もし良かったら学校までの道を教えてほしいな」
「おお、転校生って君のことか!いいよ!私についてくるのです!」
「僕はソウタ」
「私はハルですよ!」
そして、僕はハルに案内してもらいながら学校へ向かった。ハルはずっとここに住んでいるらしく雪の中での歩き方や地図の目印などを教えてくれた。そんなハルと学校へ向かう途中。ハルは不思議なことをしていた。雪だるまの頭に枝を差し拝んでいたのだ。
「ハル、さっきから何をしてるの?」
「これはお葬式です」
「お葬式?雪だるまに?」
この辺りの風習なのだろうか?僕は質問するとハルは首を振った。
「私が勝手にやってるのですよ。雪だるまって作りあげるまでが楽しいんです。でも、作ったあとは放置されたまま溶けるのを待つだけです。それじゃ生まれた雪だるまが可哀想なのですよ。だから、こうやって目印を立てて私が最後を看取ってあげているんです。誰かが見送ってあげないといけないんですよ」
そう言いながら、ハルは崩れかけた雪だるまの顔を治してあげている。その手は何もつけてないせいで真っ赤に染っていた。
「ハル、手袋は?」
「つけてたんですけど、雪が染みちゃって」
それなら、と僕は自分の手袋を渡した。僕の手袋は防水使用でちょっとやそっとじゃ雪がしみることもないだろう。
「え?でも、ソウタが」
「僕は大丈夫だよ。それにせっかく雪だるまに優しくしてるのにハルの手が傷ついてたら雪だるまも安心できないよ」
「ソウタは優しいですね。そしたらお借りします」
そして、学校へ到着すると。そこから帰り道を教えて貰って僕らは別れた。
「ただいま」
「ソウタ、今すぐ荷物をまとめなさい」
「え?」
「アカリ、そう急かさんでもいいじゃない」
「ダメよ、お母さん。事態は変わったの。急いで戻らないと」
「戻るって?どうゆう事?」
「説明はあとよ!さあ急いで」
僕は母親の言うまま荷物をまとめてすぐに祖母宅を出た。家の前には父親がよく乗る黒塗りの車が泊まっていた。乗り込むと父親の同僚の人が車を運転していた。祖母が手を振る姿が小さくなっていく見えなくなる頃、僕は眠りの中に落ちていた。
あれから、30年。僕は大人になっていた。両親の元を離れ今は一人暮らしだ。そんな時、珍しく雪が積もった。それであの当時のことを思い出していた。あの頃を僕は朧気にしか覚えていない。何度か祖母の家を訪ねることもあったがハルに会うことは無かった。それでも、雪道を歩く時に転ばない方法だけは覚えている。
通勤の中、転ぶサラリーマンを見て僕は大丈夫ですか?と手を伸ばす。その時、視界の隅に崩れかかった雪だるまを見つけた。
僕はその雪だるまに近づくと崩れかかった顔を治して頭に棒を挿してやる。そして、雪だるまに手を合わせると会社へと向かった。