最近、嫌な夢を見る。
私が原因で全てが終わる。
暗く悲しい夢。
「…はぁ」
物憂げなため息が事務所に響く。
女性比率が高く常に賑わっている事務所だが今は彼と私しかいない。
つまり、そのため息に反応するのは私の役目になるのであろう。
「いきなり大きなため息をついて事務所の空気を汚さないで貰えますか?Mr.不謹慎」
「ん?円香、いたのか」
「自分の担当アイドルがいることにも気づけないなんてプロデューサーとして失格なんじゃないですか?白々しい嘘はやめてください」
「そう、だよなぁ…悪かったよ、円香」
私はいつもの調子で彼に返した。
だが、彼の方はいつもと違った。
無理な笑顔を作る彼の姿が夢で見た光景にうっすらと重なった。
だからだろうか。
「…すみません。今のは少し言いすぎました」
謝る私を見て、彼が意外そうな顔をしてこちらを見ていた。
私はふと照れくさくなり顔を逸らした。
彼もじっと見つめていたのに気づいたのか席を立つ。
「珍しいな円香が謝るなんて」
「私だって自分が悪いと思えば謝ります」
「悪いことではないよ。円香の指摘はいつだって的を射ている。その着眼点には俺も助けられてるよ」
乾いた笑い声。作られた笑顔。
どれも記憶の中の彼と重なる。
自分が間違ってることに今更気がつくなんて、手遅れすぎて手に負えませんね。
私は言いかけていた夢と同じ言葉を飲み込み、途切れ途切れになりつつ普段言わない言葉を絞り出す。
「それでも、正しい事を指摘するのがいつも正しい訳ではないですから…」
「円香?」
ぐんと体が重く感じ、私はその場に倒れ込む。
まるで何かに逆らった反動を受けるかの如く。
彼は倒れた私に近づいてくると額に手を当てる。
ひんやりとした感触が額に広がる。。
「少し熱がある。そうか、体調を崩してたんだな。すまない円香」
彼は私を抱き起こすと事務所のソファへと運んでくれた。
歪んだ視界の向こうで電話をかける彼の姿が見える。
通話を終えた彼はこちらに近寄り様子を確認してくれた。
「タクシーを捕まえてくる。それまで、円香。少し待っていてくれ」
そういうと、彼は立ち上がり事務所の外へと向かう。
彼はタクシーを捕まえて一緒に病院へ向かってくれる。
その途中で私は意識を失う。
病院に私を預けた彼は私の家族に連絡するとタクシーに再び乗り込みどこかへ向かう。
次に私が目が覚めた時、彼はもうこの世にいない。
その世界を私は知っている。
「い、や」
「円香」
咄嗟に鉛のような腕を持ち上げる。
その手は彼の手を掴んだ。
この手は絶対に離してはいけない。
私がそう語り掛けてくる。
夢で見た別の世界の未来の私。
彼が行方不明になった世界の私。
目の前で冷たくぶら下がる彼を見つめる私。
人の形をやめて肉塊となった彼を抱きしめる私。
全ての世界で私は後悔に泣いた。
失った物の大きさを知った。
そして、叶うのであればこの未来を過去の私に知らせて、この未来を避け欲しいとと願った。
彼を救う未来を願った。
「…私は貴方に言わなければならないことがある」
燃えるように体が熱い。
「いつも貴方にきついことしか言わなかった」
手を握っている感触は既にない。
「どんなことでも受け止めてくれる貴方への接し方がわからなくて」
口の中、喉の奥が乾き、声が出ているかも怪しい。
「だから、貴方に甘えてしまった」
何度も意識が飛びそうになる。
「でも、今は違う。貴方に感謝している」
きっと次に紡ぐ言葉が最後になる。
「私を、私たちをアイドルにしてくれてあり、がと…う」
目が覚めた時、目に映ったのは何度も見た病院の天井。
夢で見た世界が始まったことを告げる無色の天井。
「!?」
「お?目が覚めた?」
体を起こすと目の前には透が座っていた。
彼女はどの世界でもそこにいた。
そして、私に彼がいなくなったことを知らせてくれる。
「透、あの人は!?」
「樋口、落ち着いて」
「はぐらかさないで、あの人は」
「だから、静かにしないと。そのあの人が目を覚ましちゃうから」
そう言って、透が指さす。その先には私の手を握り座ったまま眠る彼がいた。
「ずっと看病してくれてたよ。樋口のお母さんが来て、変わるって言ったんだけど断ってた
「樋口が目を覚ますまで待っていないといけないので」って」
ちなみに私は見張り番。と話し続ける透の言葉を聞きつつ、手に力を込める。そこにはしっかりと彼のぬくもりが伝わってきた。
「ふふ、久しぶりに樋口の笑顔を見たかも」
「え?」
さて。と透は立ち上がると彼の肩を思い切り揺する。さすがにその揺れに彼も驚きながら目を覚ます。
「寝かせておくんじゃなかったの?」
「んーそうだっけ?プロデューサー、樋口が目を覚ましたよ」
そう言うと透は手を振りながら病室を出ていく。
再び私たちは2人きりになった。
「円香、良かった…」
「ご心配をおかけしました」
「いや、俺こそ円香の体調不良に気づけなかった。すまない、プロデューサー失格だ」
彼は頭を下げる。
まるでこのままプロデューサーを辞める。とでも言うかと思った。
だが、彼はガバッと頭を起こすと
「だけど、こんな俺でも円香は信じてくれた。
「アイドルになって良かったと教えてくれた。
「だから、俺にこのままノクチルの。樋口円香のプロデューサーを続けさせて欲しい」
目の前の彼は夢と違う。
初めてあった頃と同じ、私たちに新たな希望を与えてくれた時の顔。
そんな彼に私は返す。
「…当然です。私たちのプロデューサーは貴方だけですから」
「樋口…」
「円香ちゃん!」
扉が開き入ってきたのは雛菜と小糸。
後ろにはお母さんと申し訳なさそうな顔をする透がいた。
そこから先は全員で何気ない話をして過ごした。
私の体調不良もまるで何事も無かったかのごとく無くなっていて、明日には退院することが出来るそうだった。
話の途中、私は右手が使えないままになっていることに気づいた。
「いつまで私の手を握ってるんですか?」
口から出かけた言葉と握られたその手をそっと隠す。
もうしばらくこのまま。
この心地よい温もりを私はそっと感じていた。