「この小説は、鈍器だ」
兎が呼んで抱いた感想を1行で表せばこうなる。
にぶい器と書いて鈍器。
ここでの器は、皿や容器などの入れ物を指すのではなく
分度器や消火器といったいわゆる道具を示している。
そして、にぶいというのは遅いとかはっきりしないとかいうことではなく
鋭い刃物に対する斬ったり刺したりできないものを表している。
要するに鈍器とは、殴ったり叩いたりする道具。またはそれに近しい物をさしている。
もっと簡単にいえば、バットとか金槌とか灰皿とか壷とか。
そういう意味では先ほど否定した皿や容器も鈍器に含まれるのだけれど。
ちなみに鋭器という言葉も存在するが別にここで語る必要はないと気づいたので省略する。
では、鈍器と表される小説とはいったいどんなものであろうか?
今の説明を聞いて、多くの人は広辞苑や六法全書など明らかに分厚く
物理的に鈍器となりそうな本を思い浮かべるのではないだろうか?
といっても、別にあそこまで分厚くなくても本で殴れば痛い。
皆も体験したことはあるのではないだろうか?
教科書の角の異常なまでの堅さを。
授業中うつらうつらとしていたとところを通りがかった教師から
教科書でスコーン!と。
または、友人と真剣白歯止めならぬ教科書白歯止めに興じていた時など
例を挙げればキリがないのでここらでやめるけれど
本という密度の高い紙の束はどんなサイズであろうと十分鈍器になりうるという話。
ただ、寡聞にして本を凶器にした事件は聞いたことがない。
もっとも、そんな奴がいれば兎は激怒し殴り飛ばしてやるのだが
「物は大切にしよう」
さて、本題に戻ろう。
鈍器のような小説についてだが、
まぁ今までの説明だと鈍器として使えなくもないのだけれど
ここで兎が紹介するのは文庫本である。
紹介というより評論といった方が正しいのかもしれないけれど
そして、さらに言うならば文庫本。つまりは小説の。とある話について兎がなんやかんや述べるわけではなく
その小説を書いた。兎が全てを呼んで鈍器に例えた小説を書いた小説家・入間人間先生の作品についての
感想みたいなものである。
すなわち、見た目でなく内容が鈍器と兎はいいたいのだ。
感動する事柄に対して心が打ち震える。と表すことがあるがそれとは違う。
読み始めて。読んでいて。読み進めていて。読み終わって。
兎の中に衝撃だけが残る感じ。
殴られて、痛みだけが残るあんな感じ。
よくわからないだろう?
兎もそうだ。
だけれど、入間人間先生の小説を読んで抱くのはただ一言。
鈍器。それだけなのだから仕方があるまい。
さて、なんとなく思いの丈をただぶちまけてところで
最後にこれだけは言っておこう。
兎は別に入間人間先生の小説をけなすつもりは全くないということだ。
鈍器なんて酷い言葉で評しておいて今更なにを言うか!と思うかもしれないが
神に誓って、そんなつもりは微塵もないと宣言しよう。
ならば、何故こんな誹謗中傷に近い物を書いたのか?
それは知らん。
ただかきたいから書いた。
この入間人間先生の作品を読んで思わず書きたくなったから書いた。
そういう意味では兎はこの小説に心を打ち震わされていたのかもしれない。
鈍器だけに。
うまいこと言ったつもりか!
とつっこみが入ったところで先生のファンに怒られる前に兎は逃げることにする。
バサラジャ!

兎が呼んで抱いた感想を1行で表せばこうなる。
にぶい器と書いて鈍器。
ここでの器は、皿や容器などの入れ物を指すのではなく
分度器や消火器といったいわゆる道具を示している。
そして、にぶいというのは遅いとかはっきりしないとかいうことではなく
鋭い刃物に対する斬ったり刺したりできないものを表している。
要するに鈍器とは、殴ったり叩いたりする道具。またはそれに近しい物をさしている。
もっと簡単にいえば、バットとか金槌とか灰皿とか壷とか。
そういう意味では先ほど否定した皿や容器も鈍器に含まれるのだけれど。
ちなみに鋭器という言葉も存在するが別にここで語る必要はないと気づいたので省略する。
では、鈍器と表される小説とはいったいどんなものであろうか?
今の説明を聞いて、多くの人は広辞苑や六法全書など明らかに分厚く
物理的に鈍器となりそうな本を思い浮かべるのではないだろうか?
といっても、別にあそこまで分厚くなくても本で殴れば痛い。
皆も体験したことはあるのではないだろうか?
教科書の角の異常なまでの堅さを。
授業中うつらうつらとしていたとところを通りがかった教師から
教科書でスコーン!と。
または、友人と真剣白歯止めならぬ教科書白歯止めに興じていた時など
例を挙げればキリがないのでここらでやめるけれど
本という密度の高い紙の束はどんなサイズであろうと十分鈍器になりうるという話。
ただ、寡聞にして本を凶器にした事件は聞いたことがない。
もっとも、そんな奴がいれば兎は激怒し殴り飛ばしてやるのだが
「物は大切にしよう」
さて、本題に戻ろう。
鈍器のような小説についてだが、
まぁ今までの説明だと鈍器として使えなくもないのだけれど
ここで兎が紹介するのは文庫本である。
紹介というより評論といった方が正しいのかもしれないけれど
そして、さらに言うならば文庫本。つまりは小説の。とある話について兎がなんやかんや述べるわけではなく
その小説を書いた。兎が全てを呼んで鈍器に例えた小説を書いた小説家・入間人間先生の作品についての
感想みたいなものである。
すなわち、見た目でなく内容が鈍器と兎はいいたいのだ。
感動する事柄に対して心が打ち震える。と表すことがあるがそれとは違う。
読み始めて。読んでいて。読み進めていて。読み終わって。
兎の中に衝撃だけが残る感じ。
殴られて、痛みだけが残るあんな感じ。
よくわからないだろう?
兎もそうだ。
だけれど、入間人間先生の小説を読んで抱くのはただ一言。
鈍器。それだけなのだから仕方があるまい。
さて、なんとなく思いの丈をただぶちまけてところで
最後にこれだけは言っておこう。
兎は別に入間人間先生の小説をけなすつもりは全くないということだ。
鈍器なんて酷い言葉で評しておいて今更なにを言うか!と思うかもしれないが
神に誓って、そんなつもりは微塵もないと宣言しよう。
ならば、何故こんな誹謗中傷に近い物を書いたのか?
それは知らん。
ただかきたいから書いた。
この入間人間先生の作品を読んで思わず書きたくなったから書いた。
そういう意味では兎はこの小説に心を打ち震わされていたのかもしれない。
鈍器だけに。
うまいこと言ったつもりか!
とつっこみが入ったところで先生のファンに怒られる前に兎は逃げることにする。
バサラジャ!
