児童養護施設で働いています得意げ



イタズラをしまくる子どもがいます。
イタズラをしまくるので、よく職員さんに叱られます。



おれは「子どもは叱らずに褒めましょう。」
みたいなことが子育て本に書いていたので、
褒めれそうなところを見つけては褒めるように心がけているのですが、



この子は、叱られるときヘラヘラしています。
叱られるのがうれしそうなのです。



この子にとっては叱られるのも褒められるのも対して変わらないのでは・・・と思ってしまいました。



ある日、その子に
「大人扱いされたいの?子ども扱いされたいの?」
と聞いてみたところ、



「子ども扱いされたい・・・。だってその方が甘えられるから。」
とのことでした。



子育て本には
「子どもは大人扱いされることを望んでいます。」
みたいなことをよく書いているのですが、
この子にはあてはまらないのだな、と思わされました。



子育てはこの方法でやればいいんだ!っていう絶対的方法はない
のではないかなと思わされました。



おれの2010年は
「どうやってあったかい家庭を増やそう・・・」
がテーマの一年でした。



最初のころは、たくさんの子育て本を読んで、
「この方法で子育てすれば大丈夫!」といった子育てルールのようなものを
作ろうと考えていたのですが、それだとなんとなく優しさにかけるような気がしてきたんです。


その方法論が合わない人と一生関われない気がしたからです。



おれ自身は愛情はもらってる方なのですが、弱いしすごくデキるタイプではないのでいえることがあんですけど、正しさってのはあんまし優しくはない気がするんですえっ



これは正しいからこうしなさい!って感じは、すべてには当てはまらないだろうし、完璧でない人にとっては、なんとなく受け入れがたいんです。



現在は、あったかい家庭づくりレシピという、具体的でシンプルで行動に移しやすいあったかい家庭づくりのアイデアを、提供側も消費側も、よってかたってたくさん作っていくことで、あったかい家庭づくりを楽しむ流れを作ってみようと考えています。



「質」にこだわってしまうと、排他的になってしまう気がするので



『質より量』・・・なにか一つのすごい方法論ではなくて、あってても間違っててもいいので、『なんとなく良さそう』をみんなで持ち寄っていけたらいいなと思っています。



『あったかい家庭を増やす』という理念は、あったかい家庭がつくたいとは思っているけれど、どうしてもうまく作れない。という人にとってすごくプレッシャーに感じるものになってしまうだろうし、



家庭を作りたいと思っていても、家庭を作れない人にとっては見たくもないものになってしまうかもしれないのですが、



それでも何か関われたらいいなという思いでいたいです得意げ



ブログ書きます。本日もあんまし興味はないと思いますが、自分なりの哲学を書いてみたいと思います得意げ



『あったかい家庭を増やす』が理念の会社をいずれがんばって作ってみようと思っています。
いい会社にしようと思っています。



「いい会社」にしようと思っているのですが、何をもっていい会社なのかってところを考えないといけないなと思っています。



世間一般的に、今のところ「いい会社」とは「売り上げがいい会社で潰れない給料のいい会社」のことをさす場合が多いと思います。



理念をしっかりと追求するためには、人が集まる必要がある。
人が集まるためには、今のところお金が必要。
なので、とうぜん売上や給料は必要な要素だと思います。



しかし、自分なんかは経営センスもないだろうし、意志も弱いので、
「支払いのためにお金集め」や「バランスシートとにらめっこ」が仕事になってしまうような気がします。いつのまにか「あったかい家庭を増やす」が仕事であることをを忘れて・・・えっ



なので、「あったかい家庭を増やす」を意識し続けるためにも、売上以外の指標を明確に持っておくことが必要なのではないかと思うのです。



でも、「あったかい家庭を増やす」を数量的に測ることは出来ないので、
利用者さんの
①子どもの自尊心
②子どもの成績
③パパママ仲良し度
なんかを何とか追っていこうと考えています。



最近、インターネットの進化により、企業だけでなく個人が消費者が情報を発信しまくる時代になり、
「儲かるんじゃないかな発進の、なんちゃって後付け理念の会社」と
「なんとかしなきゃという熱い思いからの、本気理念の会社」が
なんとなく分かるという時代になってきてると思うのです。



これからは、「いい会社」の価値観がガラッと変わっていくのではないかと勝手に思っています。
売り上げ以外の指標を持つ会社がどんどん増えていくのではないかと勝手に思っています。
100年後くらいには指標なんてなくても、なんとなく分かるみたいになると勝手に思っています。



ちょっと前は幕末・維新の時代に生まれたほうが熱く生きれたんじゃないかなとか思っていたんですけど、最近はなんとなく変わりめっぽいこの時代で良かったなとちょっと思っていたりしますニコニコ


お・わ・りヒヨコ
3年前に、四国から東京へ上京してきました。新幹線


息子「東京に行って、チェゲバラのような革命家になるんだ!!


みたいなことをいっていたので、とうぜん


母「あんたの考えていることがよく分からんわっ!?


となり、よくケンカをしていたように思います。




そんな感じで東京に来ちゃったもんだから、あんまし親に心配かけちゃいけないなと思い、気を利かせて半年に一回くらいは田舎の両親に電話をしたりしています。


息子「お~父さん。母さん元気か?」

父「あ~母さんは今、ネパールにおるな。」

ちなみに前回電話した時は、ネパールのところがペルーでした。


最近、息子にだまって、辺ぴなところばかりに旅行する母。




「親の心、子知らず」ということわざになぞらえて、こんな言葉が浮かんでしまいました。

「親の行動、子よく分からず」汗



自由奔放という言葉は、若くて個性的な女性のための四文字熟語だと思っていたのですが、
まさか60近いおばはん(しかも母親)に使うことになるとは思ってもいませんでした。



うちの母はおそらく自由奔放です。



そんな自由奔放なおばはんに、
こんな言葉を送りたいとおもいます。



息子「あんたもよう分からんわっ!」



以上、息子の本音でした。