こんばんわかおコーヒー飲みすぎて眠れない&課題やる気がしないので、ブログでも書こうと思います。



本日もあんまし興味はないと思いますが、自分なりの哲学を書いてみようと思います。



自分は児童養護施設というところで働かせてもらっています(非常勤だけど)。
昔は、戦争孤児や震災孤児がほとんどだったそうですが、
最近は虐待が原因でやってくる子どもが多いみたいです。



人生の理念に『あったかい家庭を増やす』を掲げています。
自分にとっては結構大事なことなのですが『虐待を減らす』とか『虐待をなくす』とかではないんです。


もし自分の理念が『虐待をなくす』だとしたら、自分は『虐待』が存在しないと自分の理念が成り立たないんです。つまり、虐待をなくそうとしてるのに、虐待があり続けるんです。



たとえば今、目の前にパソコンがあるわけですが、100年前(?)にはパソコンがなかったわけです。そんで100年後にはパソコンはカタチや名前を変え、世の中から無くなっているかもしれないですが、自分がもしパソコン屋さんを100年後やってたら100年後もパソコンはあるんです。



こいつ何言ってるんだろうと思われるかもしれないですが、とにかく『虐待をなくす』じゃなくて『あったかい家庭を増やす』なんです。



あともう一点・・・『虐待をなくす』だとおそらく食えないという点です。



ロバートキャパという戦争写真家さんの名言に「戦争写真家の一番の望みは、失業することだ。」
という名言があります。



おれは己を捨てきれていないだけなのかもしれないですが、「奥さんや子どもを幸せにしなくては」←いないけどえっ、とか「親を心配させちゃいけないな」←させてるけどシラーって思いがどうしてもあります。



また世の中が良くなる仕組みには、人が集まるという条件が必要だと思います。
そして、人が集まり続けるためには、やることが楽しいということにくわえて、やっぱしお金が必要なのではないかと思うのです。←資本主義というシステムが機能し続ける限り、よっぽど大きな価値観の変貌がない限り。



つまり、失業するわけにはいかないし、理念を追及するためには今のところお金が必要だと思っているということです。



自分は将来、株式会社でやっていこうと考えているのですが、最初はNPOを作ろうとしていました。
株式会社とNPOは対して違いはないのですが、NPOの方が営利目的でない印象がある分、助成金やボランティアが集まりやすいといえるかもしれないです。



ボランティアっていうとなんとなくいい響きですが、嫌な表現をすると「時給0円のタダで使える労働力」だと思います。ボランティアをやってる奥さんは旦那さんが働いてくれているからボランティアできると思うし、ボランティアをやってる学生さんは親が働いてくれてるからボランティアできると思うんです。旦那さんが失業したら奥さんはパートに出なきゃいけないし、親が死んじゃったら学生さんはアルバイトやんなきゃいけなくなると思うんです。



『虐待をなくす』なNPOではなく、『あったかい家庭を増やす』な株式会社でいくということは、助成金やボランティアさんに甘えないぞ!本気で(大人数で持続的に)世の中をより良くするんだ!っていう自分なりの決意(のつもり)なのです。



でかいことを言う前に、もっとちゃんとしなきゃだな。
よしっ課題やろう本うんそれがいい