浮月楼 宝台院 教覚寺 静岡 徳川慶喜,渋沢栄一ゆかりの地
講演会で、静岡市葵区に有る浮月楼に行く機会がありました、
浮月楼は、大政奉還後謹慎を解かれた徳川慶喜公が過ごした武家屋敷跡が有った所です。
一寸お庭を見せていただきました。
現在は婚礼行事や、宴会等も行う料亭となっています。
庭のパノラマ撮影
茶室を公演会場(3階)から撮影した所、丁度雨樋を閉めています。
金色の雨樋が閉まった所、
日が暮れライトアップされた茶室
こう見ると綺麗ですね、
昨年(2021)の大河ドラマ晴天を衝けの放送を受け、渋沢栄一コーナーが出来ていました。
慶喜が住む前に、渋沢栄一が事務所兼自宅にしていたそうです。
ゆかりの品々
昭和15年の火事で焼失した建物の鬼瓦
浮月楼の庭は、徳川慶喜が名作庭師小川治兵衛を呼び寄せ作らせたそうです、その後3度の火事建物が焼けたり、敷地が半分以下になったりしてますが、残っている部分は当時の面影を残していのだとか。
浮月楼をみれたので、近くに有る他の慶喜,渋沢ゆかりの所にも行ってみました。
宝台院
徳川慶喜公が浮月楼に住む前に謹慎していた場所ですね。
宝台院は、徳川慶喜公が浮月楼に住む前に謹慎していた場所ですね。
徳川家康の側室 お愛いの方のお墓
宝台院と徳川慶喜公
キリシタン灯篭
銘碑八尺
続いて
教覚寺
見取り図
親鸞聖人尊像
ああ相合わん
これが、法縁廊
教覚寺法縁廊の説明書き
忠僕八助さんも、法縁廊に入っているそうです。
教覚寺と渋沢栄一の説明書きが
謹慎が解けた慶喜が、 宝台院から浮月楼に移ったので、それまで浮月楼に住んでいた渋沢栄一が、
この教覚寺に移り住んだと言う事です。
その後すぐ東京に行った為、 渋沢が住んでいた期間は短いみたいです。