今日は前場・後場ともにPCの前に張り付いていられた。

そこで、あえて取引は少なめに押さえ相場を観察することにした。


デイトレでは噴火の兆候を捉えることが、売買以前に重要なこと。


色々自分なりに200銘柄を掻き集めてある。

それを、適当に巡回しながら噴火しそうかどうかを見極める練習をしてみた。


いくつかの銘柄が目の前で噴火した


当然のことながら、私には何の法則性もつかめなかったし、

チャートや板からは噴火の予兆を読み取ることはできなかった。


おそらく、元々、記述可能な法則など存在しないのではないか?


しかしながら、相場に強い人と言うのはいる。

彼らと私とでは、何が違うのか?


それは「勘」の働きが違うのだと思う。


我々が、人の顔を見分けることができるのも、「勘」が働いているからである。

「勘」が働く領域は人それぞれである。

年をとると若い人たちの顔がどれも同じに見えたり

日本人に外国人の顔の区別がつきにくかったりするも

その領域の違いのせいである。


相場における各銘柄は、この顔に対応するようにおもわれる。

その人の人柄や教養の程度を、まず顔つきから判断するように

その銘柄が騰がるのかどうかを「勘」で判断するのだ。


デイトレ的売買で勝つために必要な「勘」。


これは、おそらく、「直観像能力」の一種かと思われる。

この能力を持つ有名人には南方熊楠や山下清などがいる。


彼らは見たもの読んだものをそのまま憶えることができる。

熊楠はその能力を博物学に生かし、清は貼り絵に生かした。


彼らだけではなく、将棋や囲碁の世界で活躍する人の中にも

「直観像能力」の発達した人は多いのではないか。

棋譜を何万枚とみて、憶えるつもりはなくともそれが自然に頭の中に入る。

そして、その蓄積が理論的思考を飛び越えた「勘」に昇華する。


有名なトレーダーの本やブログを読むと、例外なく彼らの

頭の中には膨大な数のチャートが入っているように感じる。中には

そう明言してあったりもする。


さて、わが身を振り返って、そんな能力があるのかと問われれば、

「全く無い」と答えざるを得ない。


今日たまたま勝った銘柄の直近チャートや出来高、板情報の推移など

雰囲気しか憶えていないからである。


凡人は過去の雰囲気ならある程度憶えている。

「直観像能力」のある人は、正確で膨大な記憶から未来の雰囲気を見るのである。