あの日から1週間。。。 | ペルコの部屋

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ペタしてね


PM 2時46分。。。黙祷。。

まぎれもない大きな悲しい現実。。。

私に何ができるのかはてなマーク


今まで節電しなくっちゃと思いながら中途半端。。前よりは徹底してると思うけど。。。

それに買いだめは絶対しないビックリマーク一人でも多くの被災者に物資が送られてほしいからですビックリマーク

そしてささやかですが義援金を送らせていただきましたが。。。


まだまだなにかできることがあるのでははてなマーク

現地で原発で、身を惜しまずに頑張ってる方々。。本当に本当に頭が下がります。


まだ1週間ということで。。気持ちを強く持って知恵を出しあって、前向きに過ごしていきましょう~ビックリマーク

東日本大震災1週間 復興へ「生きる」 悲嘆と絶望乗り越え 

産経新聞 3月18日(金)15時24分配信

 
 市街地だった場所は泥とがれきに覆い尽くされている。行方知れずの家族を捜し求めて歩き回る女性。倒壊した家のそばでは「お母さんを助けて」と泣き叫ぶ少女がいる。まるで戦争映画のワンシーンのような非現実的な光景が広がる。東北地方を襲った巨大津波は、かけがえのない多くの命を奪った。悲嘆と絶望に覆われた被災地は18日、発生から1週間を迎えた。被害の実態さえ、いまだ分からない。道路が寸断され、世界中から集まった救援物資は思うように届かず、孤立した避難生活を続ける被災者も数え切れない。(白岩賢太)

 死者・行方不明者が1万人以上ともいわれる宮城県に入ってから7日目。被災地から遠く離れた大阪での生活が、ずいぶん前の出来事のように思える。

 地震発生から2時間後、同僚記者4人とワゴン車に乗り込んで被災地へ向かった。新幹線はストップし、空港も閉鎖。唯一の交通手段である車のナビに表示された距離は940キロ。着の身着のままで飛び出し、日本海側を通る北陸道経由で約13時間かけて現地入りした。

 静まり返った仙台市中心部は想像以上に被害が小さいように思えた。出発前、テレビで見た津波襲来の惨状はうかがえない。だが、海岸に近づくと、その考えはすぐに覆された。

 がれきと海水の混ざった濁流の爪痕が痛々しい。水没した田んぼには倒壊した家々や大破した車が無残な姿をさらす。マグニチュード9・0-。数字では実感がわかない破壊力も、この地に足を踏み入れれば、天変地異の脅威をだれでも思い知る。

 震災2日後。壊滅的な打撃を受けた南三陸町に入った。1万7千人が暮らすのどかな町は、今も約8千人の安否が分からない。廃虚と化した市街地では、救助活動が繰り広げられたが、次々と運び込まれる遺体に目を伏せた。

 電気も水もない避難所では、被災者が励まし合って身を寄せ合う。かき集めた食料は底を突きかけている。「あんたも食べな」。そんな状況でも食事を勧めてくれた人がいた。人の心のぬくもり。それが極限の中で耐える源になっていることも実感した。

 この1週間、被災者の思いを少しでも伝えたいとの一心で記事を書いた。被害が大きかった場所は通信手段が途絶え、原稿が送れない。携帯電話もパソコンも便利であるはずの機器が、有事では何の役にも立たなかった。

 幸運にも被災を免れた宿泊先のホテルでは暖房もなく、夜になれば寒さで震えた。それでも避難生活を強いられる数十万の人々に比べれば、はるかに恵まれている。申し訳ないと思いながら何度も被災地へ足を運び、声を拾った。

 ただ、「死」という現実に日々直面し、それが日常と思えるようになった自分の感覚が怖くなるときもある。取材現場はどこに行っても悲しみに打ちひしがれた人々であふれている。

 時折、あどけない笑顔をみせる子供たちも、その小さな心はどれだけ傷ついたことだろう。けなげに、たくましく生きる姿を見ると、どうしてもいたたまれなくなる。

 「3・11」は自分の人生観を大きく変えた。無力な自分は被災地のために何ができるのか。その答えはまだ見つかっていないが、一日も早い復興をただただ祈りたい。

「3号機の本体に届いている」18日の放水終了

読売新聞 3月18日(金)15時23分配信

 
自衛隊の岩崎茂航空幕僚長は18日午後3時ごろ、防衛省で記者会見し、自衛隊が午後2時前から行った東京電力福島第一原子力発電所3号機への地上からの放水について、「いったん終了した」と述べた。

 そのうえで、「煙の出方などを見ると、水そのものは本体に届いていると思う」と述べた。17日以降の放水活動に参加した自衛隊員の被曝(ひばく)量は「最大でも(毎時)数ミリシーベルトで、活動に支障はない」と述べ、作業が順調に行われているとの考えを示した。

 また、岩崎氏は、現地に防衛省と消防庁による「現地調整所」ができたことを明らかにし、今後の放水作業については「消防庁と調整して両方でやる」と述べた。

最終更新:3月18日(金)15時23分