離婚してからというもの、いくつか恋をしてみた。

ただ以前のように烈火の若く恋に堕ちるという情熱的な感情はなく、
好意から愛情に至るまでのただただゆるりとした曲線があるのみである。

そのゆるりとした曲線は大変居心地がよく、嫉妬心だったり独占欲などという負の感情は微塵もない。
ひたすら他者から愛され大切にされる幸福に身を投じるのみである。

確かに、男どもに負の感情を吐くことすらも許さない雰囲気が、今の私にはあるのだろう。
少しでも心労があると彼の前から消え去りたくなる。
なぜなら、私はいま全てを失っていて、目の前の生活に血眼である。
娯楽である恋の相手の男一匹失うことくらい、何も痛くも痒くもないのである。



昔から恋多き人生を歩んできたが、以前と唯一違うのが、あまりにも恋愛に対して無気力という点である。
いずれ恋心は昇華され、愛となり、惰性となる。
愛された記憶は、それはまた甘美で、女性を美しくするのに変わりはないが、
この刹那のとてつもなく甘美な恋心の行く末を、終盤までもしっかりと見届けてしまった経験がある以上、
恋愛感情には諦観や悲観も混ざってしまっているのかも知れない。





来週、会社の内部辞令が出るという男に、
もし新年度から海外駐在になったら、一緒に来て欲しい、と遠慮がちに言われた。

心地のいい春晴れの日比谷のベンチに肩を並べ手繋ぎ座っていた時だった。

あはは、久しぶりの海外!!きっと楽しそうね、とだけ言って笑っておいた。

私の反応を見た彼も何かを察し、きっとシンガポールにもデイリーはあるよ、心配しないで、なんて軽口を言い、
それがあまりにも可笑しくて、恋する2人はひたすらケラケラ笑い合った。
日比谷を道行く誰よりも、あの瞬間、私達が一番幸せだった。





わたしの奇天烈な人生に関わると、本当にこんなジョークみたいなことが簡単に起こり得るのだ。
彼がいきなり海外赴任の辞令を出されたっておかしくない。





運命はいつも人の想像を絶する莫大な力を持って動いている。



その運命に乗るか乗らぬか、丁か半か。

サイコロの目は、死に際にしか分からない。