我が家には老猫が1匹いる。


夫が20歳の頃に引き取ったという保護猫である。


保護猫なので正確な年齢は分からないが、14歳くらいであろう。

人間だと70歳くらいの老いぼれである。


この老いぼれ、健やかに老衰してくれれば良いものを、慢性腎臓病という猫にありがちな持病を罹っている。

死にかけの猫とアル中の嫁を持つ亭主に心から同情する。

可哀想ではあるが、彼はそういう星に生まれた人間なのだ。


この老いぼれ猫は非常に憎たらしい。

腹が減れば早朝にもかかわらず、ありとあらゆる手を使ってカイヌシを起こしにくる。

カイヌシが揃って家を空ければ癇癪を起こして家中に糞尿をまき散らし、嫌がらせに磨き立ての床に嘔吐だってしてみせる。

小さい脳みその割に悪知恵が働くのである。


奴がここまで傲慢なのは、夫の優しさも加担している。

はいはい、ごめんね。と猫の糞尿やゲロを処理する彼は聖母のようだ。

恰幅の良い成人男性が、一生懸命床を掃除する姿は非常に微笑ましい。
その隣りで、ニャーンと鳴きながら甘える猫は、自身の可愛さを充分に知り尽くしているに違いない。

事実、老いぼれ猫であっても、丸まってスヤスヤ眠る姿や、餌を与えれば餌場まで年甲斐もなくトタトタ駆け寄る様はとてつもなく可愛い。


我々夫婦が就寝するために寝室に移動したら必ず寝室に忍び込むし、どちらかが外出したら、玄関先で忠犬ハチ公のようにカイヌシの帰宅を待ち構えているのである。


結局、私達は猫の愛くるしさに抗えないのである。


猫がいる家庭は円満である、というのが私の持論だ。

愛玩動物として特化した小型犬とは違い、猫は自由気侭だ。
人間に依存せず、常に単独で行動し、人間の家を我が物顔で練り歩く。

猫は家族というコミュニティに属さない独立した存在である。

独立した存在を受け入れ、彼らがストレスなく生きていける環境は、平和でないと成り立たない。


猫には、産まれながらに円満な環境を引き寄せる才能があるのだろう。

それと等しく、猫に隷属する才能のある人間がいるのも確かだ。