愛猫が余命いくばくかと医者に宣言されて間もない。


持ちうる愛の限りを尽くすように、夫は哀れなくらい猫を大袈裟に可愛がる。

この男の長年の孤独は、きっとこの毛むくじゃらに救われてきたのだろう。


過去、彼が深い孤独に陥ることもあっただろう。

人間様が地獄の淵にいたとて、この猫は何か気の利いたことをしたのだろうか。

想像するに、人間より僅かに高い体温のあたたかさと、よく手入れされたふわふわを持って、

静かに隣に佇むか、餌をねだるために体を擦り寄せる程度にしか、こやつには能がない。

つまるところは、猫というのは、ただ無力である。


しかし、猫という存在が、いかに人間を穏やかにしてくれているのだろうか。

玄関を開ければ、トコトコと寄ってくる毛むくじゃら。

寝室に忍び込む毛むくじゃら。

鬱陶しいほど餌の催促をする毛むくじゃら。


我が歩いた後が毛だらけになろうとも、いつも知らん顔だ。


そう遠くない未来、この暖かいフワフワが、体温を持たなくなって冷たく固くなり、ただの廃棄物になってしまうのかと思うと、胸がヒュンとなって涙が止まらなくなる。

何の宗教も信仰してない私でさえ、どうか死後の世界があって欲しいと、猫のために祈る。

数十年後、我々がもし冥土に行くことがあれば、また皆んなで待ち合わせして、今のように2人と1匹で暮らしたい。