亭主と入籍して二年が経った。

結婚当初は、初々しく"夫"と呼ばれていた彼は、気が付けば"旦那"呼ばわりされている。

恐る恐る名乗っていた新姓も、すっかり私の名前に馴染んでいる。

亭主が家を空ける日は少しホッとしてしまう程度には、ちゃんと奥さん然としているのである。


ところで、我が家は、亭主が一馬力で家計を支えている。

令和のこの時代には珍しいストロングスタイルである。

よって、私は主婦である。

自身のお小遣い稼ぎのためにちまちまとした仕事をしていたりもするが、歴然とした主婦である。

メイン稼業は、家事炊事であることに間違いない。

この、家事炊事を遂行する"主婦"に対して、昨今多くの意見を耳にする。


まず、世間は、主婦が発信してきた主婦の“苦悩"に対して審議を問わなさすぎる。

結論から申し上げると、主婦に苦悩なんてないのである。

ただ、主婦業があまりに楽だと世間にバレると困るので、みな総じて家事は辛い、育児は辛いと口にするのだ。

これは既婚女性が強制的に入会させられる、全国主婦協会で手始めに口酸っぱく教えられることである。


そして、主婦が担うべき責任は、家事炊事や育児を全うすることではない。

家にいることである。


私の親は共働きだった。

父も母も、仕事に奔走しており、常に慌しかった。

そんな中、母親が家にいる時間はとても嬉しかったのを覚えている。

大嫌いな公文も水泳もピアノも、母が隣の部屋にいてくれる時だけは頑張れた。


常に近くにいて、遠くからあたたかく見守っていて欲しい。

そして常に自分のことを気に掛けて欲しい。


そんな存在が、主婦である。

家事育児を換算したら年収いくら、などと算盤を弾くのは全くもってナンセンスだ。

家にずっといて、家に帰ればおかえりと言ってくれる。


主婦の存在そのものが尊いのである。