四国自動車博物館 2輪車編(・ω・) | ぐるんはうす(のい) -grünhaus(neu)-

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緑色の甲虫に人生掛けちゃってるおぢさん(笑)の趣味ブログ☆
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ヤフブロ難民( ;∀;)
※2019/5/4以前の記事はYahoo!ブログ時代のモノになります☆

急に暑くなりましたねぇ(;´д`)ゞ  ぐるんです☆

何がイヤって、この時期はやたらに蒸し暑い( ´△`)

夜も寝つきが悪いやらヘンな時間に目が覚めるやらでダメージがデカいっ(T△T)

・・・エアコン?・・・何ソレおいしいの??ヽ(゜▽、゜)ノ

そんなワケで休日においてもなかなかダメージ回復が図れぬ今日この頃ですが、
本日はしばしお休みしていた四国自動車博物館・2輪車編をお届け(o^∇^o)ノ

小生、2輪車関係は予備知識がかなり薄い(汗)ものですから、解説は基本博物館HPとかウィキ
からお伝え致しますん(*^▽^*)他にツッコミどこ(笑)がありましたらコメくださいませ♪


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↑ '54 陸王 RQ750

大正の初め、日本陸軍がアメリカからハーレー・ダビットソンを輸入したのを皮切りに
実用オートバイの輸入が民間でも開始されました☆

昭和に入り三共製薬の多角経営策から設立された「日本ハーレーダビットソンモーターサイクル
が輸入を開始、さらに本国よりライセンス生産権を獲得し国内生産を開始します(o^∇^o)ノ

この日本製ハーレーは公募により「陸王」と命名され、太平洋戦争中には側車(サイドカー)
付きのモデルが「九七式側車付自動二輪車」として採用☆

しかしながら資材難の時代にあって高品質の車両が造り難かった事や敗戦による需要減などから
'49(昭和24)年に日本ハーレーから改名した陸王内燃機は倒産(T△T)

航空機製造メーカーだった昭和飛行機が事業を受け継ぎ「陸王モーターサイクル」と
して再び生産を開始。イギリスやドイツからの技術を取り入れた中・小型バイクも生産を始めますが
大小様々なメーカーがひしめきあった'50年代において「陸王」の需要は狭まり、結局'60(昭和
35)年をもって陸王モーターサイクルも倒産し、同ブランドは消滅・・・(T_T)

RQ750」は'37~'49年まで生産された、日本人の体格に合わせ小型化した750cc
の「R型」をベースに改良された「RO」をさらに改良したモデルで、戦後型「陸王」
の代表的車種☆

サイドバルブ750cc・22psで前進3段式ハンドシフトにフットクラッチとゆー
旧いハーレーのメカニズムを継承(・ω・)ノゆえに独特の操作が必要とされたのが戦中はともかく
戦後のニーズに合わなくなっていったとか(^▽^;)

うん、やっぱり長くなった(〃'∇'〃)ゝ

ので、今回はココまで☆