書評「1985」鷲田康
よくできたスポーツドキュメントである。
1985年のタイガース日本一までを吉田監督就任の少し前から
過不足なく見事に描いている。
吉田を始め掛布、バース、岡田といった主要選手から
渋いプレーを見せた脇役選手まできっちりカバーしている。
本書の特長は野球、阪神という一つのスポーツ、球団の活躍を追いながら、
実は優れた組織論、リーダー論になっているところである。
やはり、強い組織には理由がある。
要所要所に出てくる選手に対する吉田監督の言葉、
選手の起用法などは、実力が証明しただけに現代のビジネス書など足元に及ばない説得力がある。
自分の役割をきちっと認識し、優勝するために自分は何をすべきかを真摯に追求している選手たちの姿にも打たれるものがある。
30年前、日本はまだバブルすら迎えていなかった。
時代は「昭和」で、野球はプロスポーツ界の王座に君臨していた。
自民党政権の崩壊など誰も信じず、電電公社と専売公社がやっと民営化された年であった。日航ジャンボ機墜落もこの年である。
まだまだ、日本は上り坂の途中であった。
だが、頂点を迎え、下り坂へと転落していくのも時間の問題だった。
昭和は数年後に終わろうとしていたし、バブルの狂乱をもたらす円高を導いたプラザ合意もこの年であった。
国民的スポーツから転落する野球界には、最後の象徴的選手となる桑田、清原がドラフト会議を迎えていた。
いま思えば、ある時代の「終わりの始め」がこの1985年であり、
その年の最大のエポックがタイガース優勝ではなかったか。
著者が阪神優勝を描くことによって最も伝えたかったは
この「時代」なのかもしれない。
だからこそ、本書の主題は「1985」なのではなかろうか。
たかが野球に大袈裟と思われるかもしれないが、
されどまた野球でもあるのである。