中盤辺りの清一郎の結婚する家の系譜のような場所は読み辛かったが、
それを除いて全体的に読み易かった。
作者の評の通り、この作品の主人公は誰か一人ということではなく、「時代」だった。
そして田中美代子の評の、~「、いわば自身を四つに解体し、各要素を検討しながら、」という表現は正しい
(かと言って僕は田中美代子が好きではない。彼女は芸術と電波の境界が解らないタイプの人間に思える)
虚無主義を以って社会に闘おう(この表現には御幣がある)とした鏡子の家の面々は、
一人残らず虚無の巨きな口の中に取り込まれてしまった。
結局彼らは初から虚無の餌でしかなかった。
虚無が彼らを甘い蜜で釣り出し、最後に虚無がその無限に広がる夜で以って彼らを食べるという。
清一郎の予言は正しかった。的を射ていたと云えるくらいに。
確かに世界は破滅した。
…
何故こんなに読み易かったろう。
それには恐らく二つの理由があるだろう。
その一つには、登場人物が「時代」という一者しかいないことがある。
この作品では別に水素や酸素が衝突すると謂ったようなことがない。
ただの、「時代」の独り踊りの舞台であった。
もう一つには、これが虚無主義で貫かれていることだろう。
彼の作品に限らず、虚無主義の作品は非常に読み易いのかも知れない。
その虚無主義と同じように、濫費されていく文字の集団・・・。
ただ、三島が描いた虚無主義がそこら辺におちている虚無主義のモノと級を異にしている事は言うまでも無い。
あと5分の2ほど残っているが、恐らく後は長いエピローグの様なものであろう。
一日もあれば読める。
それを除いて全体的に読み易かった。
作者の評の通り、この作品の主人公は誰か一人ということではなく、「時代」だった。
そして田中美代子の評の、~「、いわば自身を四つに解体し、各要素を検討しながら、」という表現は正しい
(かと言って僕は田中美代子が好きではない。彼女は芸術と電波の境界が解らないタイプの人間に思える)
虚無主義を以って社会に闘おう(この表現には御幣がある)とした鏡子の家の面々は、
一人残らず虚無の巨きな口の中に取り込まれてしまった。
結局彼らは初から虚無の餌でしかなかった。
虚無が彼らを甘い蜜で釣り出し、最後に虚無がその無限に広がる夜で以って彼らを食べるという。
清一郎の予言は正しかった。的を射ていたと云えるくらいに。
確かに世界は破滅した。
…
何故こんなに読み易かったろう。
それには恐らく二つの理由があるだろう。
その一つには、登場人物が「時代」という一者しかいないことがある。
この作品では別に水素や酸素が衝突すると謂ったようなことがない。
ただの、「時代」の独り踊りの舞台であった。
もう一つには、これが虚無主義で貫かれていることだろう。
彼の作品に限らず、虚無主義の作品は非常に読み易いのかも知れない。
その虚無主義と同じように、濫費されていく文字の集団・・・。
ただ、三島が描いた虚無主義がそこら辺におちている虚無主義のモノと級を異にしている事は言うまでも無い。
あと5分の2ほど残っているが、恐らく後は長いエピローグの様なものであろう。
一日もあれば読める。