【グラン・トリノ】 月光の【entame】 | エンタメ&アート系 神映画ランキング

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【評価】 ★★★★★



映画に娯楽を求める人のための映画レビュー  





『チェンジリング』に引き続き、魂の奥底を打ち震わせる傑作を連発するイーストウッド監督は、ぼくには文字通り《神がかっている》ように思えます。

淡々とした筆致で人間の哀歓を繊細に滲(にじ)ませるように描くイーストウッド監督の作風には珍しく、この作品はユーモアに溢(あふ)れた親しみやすいトーンで進んでいきます。自ら主役を演じる今回の役どころでは、若き日の【ダーティハリー】を彷彿とさせる猛々しい勇姿までもみられます。
『許されざる者』以降、単純な勧善懲悪を徹底して排除してきた監督が《いまさら、なぜ?》と少し戸惑いを感じますが、実はそれこそが作品に仕掛けられた巧妙な【罠】になっています。
最後には、静かな感動で涙が流れる爽やかなエンディングが用意されていますので、お楽しみになさっててください。

主人公のウォルト・コワルスキーは、朝鮮戦争での凄惨な体験で心に深い傷を刻みこんだ、気難しく偏屈な老人です。隣人であろうが、身内であろうが、他者との間に壁をつくり、人間関係を遮断して、孤独な生活を送っています。ところかまわず唾を吐き捨て、汚い差別用語で憎まれ口を叩き、隣人に対してさえもライフルを向けます。

気に入らないことがある度に《ぐるるぅ》と唸る姿はとても滑稽で、思わずプッと吹き出しそうになります。そんなコミカルなやりとりを散りばめながらも、触れると刺さってしまいそうな棘(とげ)に覆われた主人公の心に潜む【闇の深遠】が、老練俳優クリントイーストウッドの【眼差し】の演技によって見事に伝わってきます。

老人の孤独な毎日を変えたのは、隣に引っ越してきたアジア系移民一家でした。希望を捨て死を待つばかりの老人の枯れた心が、隣家との奇妙な交流を通して徐々に潤(うるお)いを取り戻していきます。
【イエロー】【米食い虫】と罵り、軽蔑していたアジア人家族に対して次第に心を開き、『親戚よりも、この人たちの方が身近に感じる』と呟(つぶや)く老人の姿にグッときます。

ウォルトは特に気弱で誠実な少年タオに対して親心のような愛情を抱きはじめます。
《人生の終幕を迎えている》老人と《人生の始まりを踏み出す》少年との、不器用ながらも優しさが滲み出る交流が丁寧に紡がれていきます。

る日、不良グループにタバコの火を押し付けられたタオの顔の傷を見て激昂したウォルトは、不良の巣に銃を持って殴りこみ、居合わせた一人の少年を見せしめとして血祭りにあげます。
しかし不良たちはいじめを止めるどころか、報復としてタオの家に凄まじい銃撃を打ち込みます。長女スーは顔の原形を留めないほどに凄惨な暴行を受けてしまいます。

タオのためにと行った自らの行為が取り返しのつかない災いをもたらした瞬間にウォルトがみせた、なんとも言いようのない痛恨の表情。
あの、痛ましさと後悔の入り混じった、哀切極まる表情に、胸が押し潰れそうになりました。

暴力を手段にしては永遠に平穏が訪れないことを悟ったウォルトは、【驚くべき、ある行為】に出ます。
彼の選んだ最後の手段に、ぼくの胸はしびれて締めつけられ、しばらく身動きができなくなりました。

この作品でイーストウッド監督は俳優業を引退すると聞きました。
燻し銀とも言うべき彼の名演技が見れなくなのは残念ですが、劇中の主人公ウォルトの最後に自らの俳優人生の締めくくるに当たっての願いが込められているように感じられてなりません。
映画監督になって以来一環して人間の業(ごう)を真摯に描き続きてきた彼は、ダーティハリーの【懺悔の思い】をウォルトに託して銀幕を去りたかったのではないでしょうか。

ところで、【グラン・トリノ】は、1970年代にフォード社の業績が石油ショックで低迷する直前に発売された【アメ車の最後の輝き】と揶揄される名車です。主人公が宝物として愛するこの車、画面には度々登場するのですが、道を走るシーンが全く出てきません。戦争で心を失って以来時が止まった主人公と同じく、その崇高な雄姿を薄暗い車庫に眠らせたままなのです。

映画の最後の最後に、グラントリノは再び燦々(さんさん)と輝く太陽の光を浴びて悠々と走り始めます。
グラントリノが、《いつ、どうやって》走りだすか。
奥深く静謐な余韻が味わえる素敵なラストシーンを、是非じっくりとご覧になってください。