他愛もないことばかり載せているこのブログですが、今日は少し重たい話を

悲しい話とかではないのですが、嫌な人はバックしてください

話したいのは、テディベアのぎゅむについてです

ぎゅむとは赤ちゃんの時から一緒。
幼い私は、夜中、目が覚めた時にぎゅむが近くにいないと泣きわめいていたらしいです
でも、私が本当にぎゅむと仲良くなったのは4歳の頃。
私は本当に泣き虫で、悪いことをして先生に怒られると小一時間泣き続けていました

先生には呆れられ、お友達にはからかわれ…
そんな私に母がしてくれたアドバイスが、
「悲しいことはお家に持って帰ってきて、ぎゅむに話すようにしなさい」
でした

その時から、私は本当に何でもぎゅむに話して来ました

みんなの前で計算を間違えて恥ずかしかったこと。
3人組で私だけ違う係にされたこと。
気になっている子に彼女がいたこと。
我慢できずに泣いちゃったこともたくさんありました。
でも、どんなことでもぎゅむと話すと気持ちがリセットされて、前を向こうと思うことが出来ていました

家に帰るまで我慢出来ないほど悲しい出来事が起きた時は、頭の中にぎゅむを呼び出して話しかけました。
こうして私とぎゅむは一心同体になって行ったのです

大学入学に伴って下宿する時にぎゅむは実家に置いて来たけど、
私は脳内のぎゅむとずっと喋り続けていました

でも、数ヶ月前、それが間違いだったと思わされる出来事が起こりました。
上司に「あなたの言葉には情熱が無い」と言われてしまったのです
小学生の頃から国語が、作文が好きだった私に、父が勧めてくれた広告代理店という仕事

必死に勉強して、良い大学に入って、就活も頑張って、やっと叶えた夢
なのに、そんな風に言われ、目の前が真っ暗になりました

そして、いつも通りぎゅむに相談しました。
だけど、私は薄々気づいていました。
ぎゅむに相談するというこの行為こそが、私の言葉から情熱を奪っているということを。
上司は私に言いました。
「嫌なことがあった時、本当はどうなって欲しかったのかをとことん突き詰めなさい」と。
嫌なことがあった時、私とぎゅむがしていたのは、全然違うことでした。
論理的、理性的に因果関係を整理し、周りの人たちの気持ちを想像すること。
そして、次にとるべき最善の行動を考えること。
そうすることで、自分の気持ちと決別して、スムーズに日常生活に戻ることができたのです。
それは、長い時間をかけてぎゅむと二人三脚で身につけて来た、上手に生きていくための術のはずでした。
でもこれからはそれじゃダメだと言うのです。
だけど私はなかなか今までのやり方をやめられませんでした。
ぎゅむが今まで通り、感情の整理を手伝ってくれることを望みました。
だけど、私だって分かっていました。
夢を叶えたいのなら、変わらなくちゃいけないって。
そして、ぎゅむは私以上にそのことを理解していました。
次に私がぎゅむに話しかけた時、ぎゅむは私の話を無視しました。
そして、ただ淡々と繰り返しました。
「それで、どうなって欲しいの?」と。
私は懸命に答えを探しました。
長年の夢を、この仕事を諦めたく無い。
これまでの人生を否定したくない。
ぎゅむとこれまで通り一緒にいたい。
私の率直な願望は驚くほど矛盾だらけでわがままで、
言葉にするのが憚れるほどでした。
だけど、ぎゅむがそっと寄り添ってくれたから、
私は今まで知らなかった自分自身に、心ゆくまで狼狽えることができました

そして、今日。
初めて私の企画がコンペを通過しました
同僚たちの拍手の中、私はそっと心の中でぎゅむとハイタッチしました

ぎゅむへ。
幼い私を支えてくれてありがとう。
私が変わる後押しをしてくれてありがとう。
これからもずっと、ぎゅむは私の大切な友達です
