触れないでいようと思った
阪神淡路大震災発生当時
オヤジはちと大人な事情で兵庫は尼崎に住んでたことあってそんときに被災した
思い出すのが余りにも辛くてさ…
目を背けてた…
大袈裟ではなくほんとに地獄絵図をみたから…
沢山の知り合いが亡くなった
瓦礫の下から何人もの人らを引きずり出した…
引きずり出してる最中はまだ会話してたのに…
全身を瓦礫から出したころには事切れてた人らも沢山
話しくらいはするけど
ほんとの詳細などは思い出したくなかった…
無意識に心がまだ逃げてたんだと思う
記憶から無かった事にしたかった
でも…それじゃダメなんやな!今正に震災の渦中に居る人らがいる
ならば出来る限りの震災後からの生きていく術を伝えるべきやと思った
そして記憶から抹殺するんやなくて、ずっとだ!ずっと頭の隅で記憶しておき戒めにすべきと思った
忘れようとしてごめんな…
阪神淡路大震災で亡くなられた人々に心から合掌します。


震災直後から動いてた
運送屋の使命、プライドにもかきたてられ走った。
街の被害状況など尼崎はまだまだましなほう。
西宮越えて芦屋を過ぎ、神戸東灘、灘区あたりになるとね?兵庫ってのは国道2号と43号線ってのが大動脈として走ってる。
そこからみる風景はショックを軽く通りこした…
ここはいつも走ってる道
いつも見慣れた風景…
のはずが一変してた…
絶対に道路から見えるはず無い、神戸の「山手近く」までが見渡せた
まるで昔の大空襲後の映像を観てるようだったなぁ
だって…あったはずの綺麗な住宅街がまるまま無いんだから。
まだあちこちからたちのぼる黒煙だけが目に入った。
そうしても一つ信じられなかったのが
「高速道路の不倒神話」がいとも簡単に崩れた!
あれから29年たった
今、瓦礫やった街も人も何も無かったかのように暮らしてる
しかし直後被災した我々は当時の惨状、被災後からまともに生活出来るまでになったストーリーを知る者は忘れる事はない。











