甘えるということ自体に良い悪い
というジャッジは必要ないと思っています。
甘えたほうがうまくいくのに、
なかなか甘えることができず、
全部自分で抱える人、いますよね。
反対に、自分で責任を取らず、
人に何でも甘えて、お願いしてしまう人もいます。
自分でググれば済むことを
わざわざ人に教えてと聞く
”通称おしえてちゃん”とか。
例えば同じお教室に通う子供たち
送り迎えをシェアする人もいれば
お願いばかりする人もいます。
私にも経験があります。
10数年前、学校に自分の子供たちを
朝、車で送って行っていたときに
同じ学に通うご近所さんのお子さんを
いつもお願いされて拾っていくのに、
その方はお迎えの時に自分の子供だけ
車で迎えに行く、っていうことが頻繁にあって
当時は結構、怒っていました。
私は仕事で午後のお迎えは行けない状況だったから
子供たちは雨の中、遠い駅に何キロも歩いて
電車で帰ってくることに不憫さを覚えていた
ということもあります。
そして、私の常識にお互い様であるべき
という思考があるので
お互い様に思えない状況に憤慨したのです。
こっちが毎朝送っていってるんだから
あちらも気を利かして
今日はうちが送ります
とか、
お迎えは私がします
とか
何で言えないの??
と憤慨してました。
私ばっかりに甘えないでよ。
お互い様であるべきでしょ!
って。
お互い様に思えない状況に憤慨していた’のです。
今思えば対処できたことが二つあります。
一つはこれは私の常識であって
その方にはそういう常識ではない
という認識をもつこと。
二つ目は自分のアンフェアだと思っている気持ちを
伝えてみること(感情的にではなく)
私は、さんざん我慢した挙句
子供たちが同じ学校を卒業と同時に
距離を取りました。
送り迎えだけのことでなく
デリカシーのない会話に
憤慨し続けていたから消耗したのです。
「もう無理。」
我慢の果てに出した結論でした。
違うコミュニケーションの取り方をしていたら
回避できたかもしれない怒りでした。
ところで、我慢してはいけない
という論調が多い昨今ですが
それは、もともと我慢ばっかりしている人が
多いからだと思います。
日頃から甘えてばかりで我慢したくない人は
我慢することを学んでいません。
我慢する、自分を律する、(頑張る)
など、することで
成長できるということも、
実はあります。
多くの日本人は頑張りすぎで、甘え下手。
頑張らず、甘えるということを覚えることで
成長できることもあります。
子育てにおいても、
甘やかされた部分は育たない
と良く思います。
自分でなんとかするというチャンスを
奪うからです。
親にとっては甘やかした方が
楽なだけ、ということも多々あります。
甘やかしをぐっとこらえると
子供が成長します。
そして、時々、甘えてもいい状況があることも
体験させてあげます。
大人になっても、いくつになっても
その甘えが子供の時のようにでてしまう。
もし、自分って甘いな。
と感じることがあるとすれば
そこに伸びしろがあるんです。
成長するチャンスです。
できないことを悲観するのではなく。
色々、出来ない私自身
伸びしろいっぱい。
成長チャンスいっぱい。
とニンマリしています。

