昨日、日本では迎え盆だった。
田舎の実家には大きな仏壇があり
物心ついたころから『まんまんちゃん、あん』(南無阿弥陀仏)
と数珠をもって仏壇の前に座り
親と共にお焼香、お灯明をして
『お勤め』をした。
おつとめとは、読経することで
小学生になると、夏休みには
毎日お寺に行って読経をし、
お坊さんの法話を聞いた。
昨日の迎盆で突然
このお経が頭の中に浮かんできたので
瞑想のついでに読経をした。
驚くことにほとんど空で言える。
口をついて出てくる。
幼い頃の刷り込みは強烈である
ということをまさに、肌で感じたわけだけど。
お経に限らず、
人にはその人の親の価値観、地域の価値観、先生の価値観も
相当、刷り込まれている。
小さいころ、これから育つ脳細胞に
しっかり、刷り込まれてしまったことは
かなり多いのだと思う。
だから親の影響は大きいわけだ。
馬鹿ね、とか、ダメな子ね。
などと直球でなくても
何をやろうとしても、『○○ちゃん、ダメダメ』
と、ほとんどの人が、多くの親に言われて育っている。
自信がなくて当たり前のところから
一つ一つ丁寧に自分で積みあげた
あるいは褒められて築いてもらった
自信がある人もいる。
近しい人にダメ出しされて失ってしまったもの、
あるいは、親に思い込まされてしまった
自分の思い込み。価値観。
宗教的な価値観などは、
本当に大きいな部分を占める。
それは、あなたの思い込みですよね?
といわれるまで分からない。
気が付かないはずだよね。
それが自分として、育ってきたのだから。
それが当たり前という前提で生きてきたのだから。
でもそれは事実ではなく自分の思い込みだったと
気が付いた時点で手放していくことができる。
私のお経のように、覚えてはいるものの、
そこにまつわる過去の思い出で得た
今はもう要らない感情を手放していける。
あなたは本当にダメなのか?
誰がダメと決めたのか?
3歳の子供がミルクこぼしてダメなのは
お母さんの仕事が増えるからであって’
それが、お母さんは嫌なの
とは言ってくれてなくて、
ミルクこぼした、あなたがダメ!と
言われたに過ぎないんだよね。
そこで手をたたかれたりしたら
それはもう、怖いことで、
結果、みんな失敗は怖いのだ。
今はもう、怖くないよね?
そう、それを書き換えることはできる。
彩