若かりし頃、世の中の理不尽さ、不平等さに
怒りを覚えていたし、よく怒っていた。
東証一部上場の企業に勤めながらも
日頃のモヤモヤを発散させるべく飲み歩いてばかりいたので
生活は結構、キツキツだった。
サービス残業の毎日に、くそ上司のせいだと
思っていたし、彼氏ができないのもそのせいだと思っていた。
まあ、全くできなかったわけでもないけど、
ある時点までは二股かけられたり、不倫だったり。
今から思えばセルフイメージの低さ、自己肯定感のなさ
が潜在的にそういう人を引き寄せていた
というだけのことだった。
自由になりたい。もっと違う世界をみたい。
という気持ちもあったけれど、
現実逃避でもあったかもしれないけれど、
今の旦那さんと恋に落ちたのは
その変えたいという潜在意識のおかげだったと思う。
外国人であったことがきっと、今までの、私なんて
というところを軽く超えて行けたのだと思う。
正直に一言一言、一生懸命伝える。
恥ずかしいとか言ってる場合じゃなかった。
振られたら恥ずかしいとか、卑屈な自尊心が出てくる隙もなく、
恥も外聞もなく必至で伝えた思いが伝わったとき
一皮むけたのだと思う。
まわりに影響される人生が少しずつ
自分の責任で自分の意志で人生が変わり始めたのは
今の夫に会ってから。まあ、結婚するまでに
紆余曲折はあったのだけど・
既に世界各国を旅してきた夫の話は
夢物語を聞く子供のように、色々な気づきがあったし
その学びは出会ってから32年経った今も、ある。
すぐにごめんという私に、ごめんは言えばいいってもんじゃないでしょ。
と教えてくれたのも夫だ。
こっちにいると欧米の人はなかなか謝らない!
というケースも多いし誠意がないとがっかりすることも多いけど。
翻っていつも遅れてくる人に毎回、ごめんと言われたって
そこに誠意はないと一緒。もしそこで怒ったら
謝ったんだから、許さない方が悪いと逆切れしていそう。
そこには責任も誠意もない。言うだけ。
自分の人生に責任を取るという事は
自分の言動、行動、感情に責任をとるということ。
自分の考え、がなければ全部他人のせいに出来る。
自分の人生を他人に左右されたいのか
自分で人生の舵を取るのか。
子育てもそうだけど、与えられるだけの人はひ弱。
自分はどうありたいかを大事に
自分の心に従って生きていくと、満たされていくのだと思う。