瞑想をしていたら青龍が降りてきたのは昨日のこと。
いつもは瞑想中に紫がかるのだけれど。

そういえば蛇の夢を見たのは最近だった。

 

蛇、龍 を思うと思い出すのは実家にあった龍の絵。母の信仰だったので後々父親が捨ててしまって龍が帰る場所がないと祈祷師に言われたことを思い出す。井戸も埋められたし、そういえば実家の龍様はどうしたのだろうか?龍を鎮めるご祈祷はしてもらった気がする。
遠い遠い昔のことであまりよく覚えていないけれど。

 

幼いころ、玄関でとぐろを巻いていた青大将。父親は青大将を見るなり、うちの守り神だと言ったのを覚えている。
蛇がネズミを追う音もカエルを呑むところも幼い時に見た光景は目に焼き付いている。森羅万象の中で生かされ生きるそんなレッスンを田舎の自然の暮らしの中で教えてもらっていたのかもしれない。

 

家には神棚があり、井戸には水の神さん、おくどさんには火の神さん、米には7神。山の神、地の神、いたるところに村の中には神さんがいて、そんな中で育ってきたので、八百万の神にはいつも当たり前のように心で感謝しながら育ってきた。
中学生のころからなんとなく、私の中には神様がいると思っていた。

 

そんな事が今はなんだか普通に当たりまえのように話せる時代になった。

ぼんやりと身体で感じていたことが、色々なブログや龍の本が出るようになった。けれども、まだ本はあまり読んでいない。
 

日本の神様について子供たちにはほとんど何も教えていないけれど、この間娘と話していたら、なんと娘も八百万の神(彼女はそんな名前も知らないが概念としては同じ)を信じているといい、そして彼女の中にも神さんがいるという。
小さなころから自分の気持ちと天候が同じと言ったり、時折突拍子もないことを言う娘だけれど、一応女優でもある彼女がオーディションに受かる時は彼女自身も私も、あ。来るなかな?というカンが働いたりして。(娘は子供の時から演劇学校に入っていてミュージカルやドラマや映画に出演したことがあります。)守られております。ありがたいことです。

さあ、青龍様が降りてきてくださった意味をじっくり感じて次に行く。そんな2019年の始まりです。