「夢見る図書館」であらすじを読んだので、俄然読みたくなった。新潮文庫で昭和26年発刊になっている。私は生まれていない。当時はさぞセンセーショナルだったと思う。

 

 

 

上巻は 幼い頃の允子が昌二郎に歯を抜いてもらう場面から始まる。そういえば、歯医者で乳歯を抜いてもらった記憶がないので、昭和感が満載で、また「路傍の石亅しか読んだことがなく、しかも内容は忘れてる著者の本を手に取ることが出来て、それだけで満足感があった。

 

允子が笑う場面の「おほほほ亅にはちょっと時代を感じた。さて現代の小説では笑いはどんな表現だったかというと、即座に思いだせない。

 

横道にそれたが、允子と昌二郎の淡い恋は、突然允子の女学校時代の友人によって破られる。允子から昌二郎を奪い取ろうと策を弄する弓子と、何とか昌二郎を取り戻そうとする允子。欲しい物(者)を手に入れた弓子の結婚生活が幕を開ける。個人的には、弓子の人生の方がより興味深いが、物語は、失恋した允子を主軸に、時に弓子の人生と交錯しながら、意外な方向に進んだいく。

 

允子は医者になった。

 

ここから先はざっくりとネタバレ。

 

允子は、また恋をした。今度は、誰かに横取りされないように、積極的。相手の公荘は、高校教師で、ハイネの詩を交換しながら、次第に恋の深みにはまり妊娠した允子は、公荘に妻がいることを知る。

この公荘が、これでもかというほど男の身勝手さを見せてくれる。それに反して一人で子供を生み育てる允子。医師という資格を持ちながらも、子供を抱えた女性が仕事を得るのはむづかしく、それとは知らず闇医者の元で堕胎手術を手伝ってしてしまう。まるで今でいうところの闇バイト。子供は私生児という汚名を被り、允子は騙された挙句に留置所に。

 

この時代に女が一人で子を育てることの困難さを、嫌というほど教えてくれる。

 

やがて公荘との間に紆余曲折ありながらも、その困難さに疲れた允子は正式に結婚することになる。平穏な暮らしのなかでも、再び妊娠出産と二人の息子の母親になる。しかしこのまま何事も起こらないわけがない。

 

允子が再び医師として仕事をするまでには、社会は思想統制が厳しくなり、今度は、男子を国の為に育てなければならない。またしても困難に直面する允子。やがて夫との別れがあり、再び一人になったときに、自分の中に医師としての使命を見出すところは、さながら風と共に去りぬの最後の場面を思い出してしまった。

 

さて、こうして書いてみると允子の人生も波瀾万丈ではある。しかし、昌二郎と結婚した弓子の比ではない。弓子の不幸は昌二郎にも深い苦悩をもたらした。思いがけない場所で、弓子にも昌二郎にも遭遇する允子。そして二人の結婚生活が幸福でないことを知ることになる。

 

解説によると、これは昭和7、8年頃の新聞小説として連載されていたらしい。途中で著者が検挙されて、第二の出産とされた最終章にたどり着くまで時間がかかったそうだ。しかし息子に頼らずに独り立ちしようとする允子の子離れを読み取った読者はどれほどいたのか。もしもこの第二の出産が新聞誌上で最終回を迎えていたら、それなりに反響があったかもしれない。とにかく、允子の子育ては細やかで苛々する。もしかして今も昔も息子とはこれほど大事に育てられるものなのか、どうもそんなことまで気になってしまう。昌二郎と弓子の物語がちょっと足りないのが残念。でも表現上の古さは感じるけれど、面白くて一気に読んだ。