長安から蘇州までは、李白の詩が語る建造物、そして挿絵がまたまた良いので、その困難な道中が情緒的ですらあります。どこかで、詩だけを集めてアップしたいと思ってますが・・・・・。とにかく著者の筆力が見事です。

 

さて、蘇州に着いた仲麻呂たちですが、またしても、「硫黄」です。

 

仲麻呂が、到着早々に聞かされた遣唐大使と蘇州刺使(州知事)との悶着が「硫黄」だというのですから驚きます。遣唐使船は底荷に安定のために硫黄を積んでますが、貢物としません。「身を守る為に使われるように定められている」と仲麻呂。

 

定められている?

 

かつて白村江の戦い(662年)、唐と新羅連合に対して、日本は火矢で対抗したそうです。硫黄を使った火矢はすぐれものだったようで、唐では、硫黄が反乱軍の手に渡ることを恐れ、貢物としないことに定められたわけです。牽制されちゃって、唯々諾々の日本。やれやれ。

 

そして(733年)玄宗皇帝は、渤海王を討つ為に挙兵しますが、大敗してます。敵の騎馬軍団を追い払うための火矢と、狼煙による連絡網の不備が原因と見抜いた名将張守珪によって、朝廷の許可のもと硫黄の買い付けが始まろうとしています。硫黄は「火矢」と「狼煙」の為でした。

 

そこに、遣唐使船が蘇州に到着して、蘇州刺使は、真っ先に硫黄を押さえておけば、玄宗皇帝の目にとまり、手柄になると考えたと、長安に帰った仲麻呂に張九齢が件の悶着を読み解いて聞かせてくれます。

 

というわけで、長安に戻っても「硫黄」から始まります。張九齢と仲麻呂は、日本の遣唐大使と硫黄の買い付け交渉の検討を始めます。仲麻呂は、蘇州に残った真備に一任すれば、手広く商売する義父の石晧然の輸送路で運ぶことができると提案しますが、さすが張九齢は先見の明があります。張守珪と石晧然が硫黄の供給で結びついたなら、密貿易に手を染め、密貿易路を確立し、張守珪が力をつけて反乱を起こす恐れがあることなど、商人の介入に慎重に期するよう仲麻呂に忠告します。

 

唐では、商人も、役人も、抜け目がないですね。そして、真備はそんな生き方を学んで出世した一人です。

 

そんな中で、蘇州に高潔な人物が登場します。

 

仲麻呂の叔父「阿倍船人」が、今回も船長です。その真備が、操船技術と高潔な人柄に絶対の信頼を寄せていたとは、何者なのか。前回の遣唐使船でも、船長として仲麻呂や真備を唐に送り届けてくれてます。

 

阿倍船人は、23歳で船長を務めた時に、白村江の戦いで捕虜になり奴婢となった日本人を連れ帰っています。当時の全権大使に見捨てられた捕虜を、唐に残って解放交渉をしたとされています。その阿倍船人も54歳です。仲麻呂を必ず連れて帰ると仲麻呂の母に約束したと言ってますから・・・。

久しぶりに会った叔父の阿倍船人から聞く日本。阿倍家の人たち。芳醇な日本の酒に酔いしれて故国を思う仲麻呂の姿が切ないです。

 

というわけで、安部龍太郎氏の「平城京」買ってしまいました。阿倍船人を知りたくなりました。あの真備が認める人柄ですから。個人的には、真備を滅茶苦茶嫌ってます。女の敵だわ。