記憶の美術館

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アーカイブされた記憶を紐解き、永久保存したい日常をつづる


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すっかりPCを立ち上げなくなってしまって久しいのですが、久しぶりに自分のPCをポチポチ打ってるとこの作業がいったい何のためなのか、自分でもわからなくなってきます。







記録のためという感じが強かったのですが、最近はふとした瞬間に気付くことが多くなってきました。






こんなトシであっても人って変わり続けているんだなと感じる瞬間。







俗に言う、 ”新しい自分を発見” したような気がした出来事がありました。








前もって言いますが、そんなにたいしたことじゃないですよ(笑)。








ある日、実家で何気ない話をしていて、親がくったくなく笑った顔を見たとき、なんか自分の心がスッと軽くなるのを感じたんです。








あれ?この気分の浮上はなんなのだろう???・・・








あれ?自分て、こんなことで気分が浮上するような人間だったのかーーー。









今まで、自分がどんなことで気分が浮上するかなんて、考えたことがなかったかな。









たとえばこんなモノがすきとか、そういう好みはあるけれど、果たして自分がどういう時に心地よく感じ、楽しいと感じる人間なのか、あらためて自分という人間の側面を知ったような気がしてしまったんです。









いままで、自分の潜在的な気持ちを無視して、仮面生活のような社会生活を続けてきた反動なのかもしれません。








あるいは、かかわらなくてもいい泥沼に、いつまでも腰まで浸かって作業しているようなバイトばかりしているから、そんな出来事に敏感になっていたのかもしれません。









泥沼以前の自分を思い出すきっかけだったのか、泥沼によって危うく見失う自分本来の心の叫びに警鐘を鳴らすものだったのか。








これが、どっぷり浸かってしまうと、心の琴線も響かず、気分も低迷したままになってしまう、そんな危ういバランスの一時期だったのかもしれません。








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そんなことを考えていた矢先、すごく寒い雨の日に、実家の近くの農協的なセンターに行って、鉢植えの花や、野菜、味噌などを購入していました。








鉢植えの花たちはどれも色とりどりに咲き誇り、すぐそこまで春が来ていることを思い出させてくれます。









作った方たちの労力をよそに、お値段は数百円。








寒い中、上を向いて開いている花たちが余計いぢらしく見えてきます。






ほぼ外気温とイコールの温室風の屋内では、レジの周りだけ暖房が使われていました。








この日、母親の好きな”はなかんざし”という鉢植えを購入してみることにしたわたくしは、レジのところにいる人に水やりやなんかの注意点を聞いてみようと思いました。








はなかんさしは、白く小さく、ただでさえ地味な花で、色とりどりの花たちのなかにまだつぼみのままひっそりと置かれてありました。








でも、こんなひっそりとした花でも庭に置くと映えるし、色とりどりよりこういうほうがいいと母は言います。







レジにくると女性がレジ打ちをして、その横でゴッツイ図体のおっさん(失礼!・笑)が袋詰めをしてくれています。








レジ打ちのおねえさんは忙しそうなので、おっさん(失礼!・多分同年代・笑)に聞いてみました。








「はなかんざしって、多年草でしょうか」








すると、おっさんは一瞬戸惑ったような顔をして、









「オレ、植木屋なんだよ。鉢植えのことはわかんねぇ」








と、いった次の瞬間、胴体に巻きついていたウェストポーチから何かを取り出そうとして、必死にごそごそと体をよじり、なにかやっています。








ポケット図鑑でももっているのかしら・・・?








と、見ると、その方の指は、人差し指と中指が根元から失われているではありませんか。








やー、こりゃ、悪いことをした。







余計なこと聞かなきゃよかった・・・(汗)









自分を責めた次の瞬間、ポーチから出てきたのは、なんとスマホ。







えー、ゴメン、指ないのに、スマホ・・・えぇーーー??








と、なかばドキドキしながら見ていると








その方、なにやら押すと、次の瞬間








「はなかんざし」








スマホに向かって話しかけるではありませんか!!!








えぇっっっ??!









そぉーゆぅーーことーーーーー!








そして、微笑んで画面を見せてくれるのでした。








おぉーー!








はなかんざしは一年草でした。








「ああ、一年草って書いてありますね・・・どうもありがとうございます」








思わず、「すご~い!」と言って母と顔を見合わせて笑ってしてしまいました(笑)。









丁重にスマホをお返しすると、その方はニヤリと笑って言います。








「今年は梅が遅いんだよな~」







・・・







なるほどねぇ。







そんな日常。






そう、あれから約1年、あの大地震から経過した時間の中で自分を見つめていたわたくしたち。








日常とは自分にとってどういう状態を指すのか。








自分がどういう人間なのか、そんな自分にとって幸せとは一体なんなのか。








やっぱり答えは自分だけの幸せではない気がする。







人が微笑む。








それにつられて、まわりも微笑む。








立ち止まって自分も微笑む、そんな余裕が自分にもある。








それが自分にとって、幸せの状態なのかもしれない。










我が家のはなかんざし


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