【母に「ハグしよう」と言えた】
今朝、布団の中でまどろんでいるときに
「お母さんとハグがしたい」
という思いが、自分の内側から
ふと湧き上がってきた。
なぜだか、わからないけれど
この願いを無視しちゃいけない気がして
ドキドキ、ドキドキしながら
何度もタイミングを失いながら
勇気を出して
「お母さん、ハグしよう」と言って
母を抱きしめた。
「何?どうしたの?」と
びっくりする母を無視して
自然と、何度もなんども
背中をさすっていた。
その手のひらから
疲労骨折をきっかけに
すっかり湾曲してしまった
背骨のゴツゴツした触感が伝わってくる。
「昨日の出来事が笑い話になる日が
すぐにくるから。絶対に大丈夫だから。」
無意識に口からこの言葉が出た。
「昼間は大丈夫だったけど、夜になったら
情景が浮かんできて眠れなかった。」
母の言葉は涙声だった。
「ホント辛かったよね。私もめずらしく
ビールと梅酒を飲んでから寝たよぉー」
ふたりで泣き笑いした。
「昨日、お母さんが説明をしている時に
最後までちゃんと話を聞けなくて
ごめんね。
辛すぎてあれ以上話せなかったの。」
「別にいいんだよ。」
考えることなく
ただ自然と言葉が出る。
あぁ、私は辛かったんだ。
その感情に蓋をしていたんだ。
辛さを母に打ち明けたくて
ただ聞いて欲しかったんだ。
受け止めて欲しかったんだ。
だから、【ハグしたい】
という形で、自分の内側から
望みが湧き上がってきたのか。
あぁ、私は進化したな。
苦労人でいつも子供達のために
我慢をしている母。
三姉弟の長女で
若くして未亡人になったことが
母と私の共通点。
長女の私は
これ以上、母に苦労をかけまいと
自分の気持ちに蓋をしていた。
「お姉ちゃんなんだから」と言われ続け
私とは真逆で体が弱く、食が細く、
人見知りが激しい妹が
母を独占しているように思えて
悲しかった。
その悲しみに気がついたのは
つい最近のことで
私のどんな発言に対しても
「でもね」とか「そんなこと言っても」
と、まず否定をしてくる、
いつも否定されているように感じる
母に対して
「最初に否定されると悲しい。私はただ
聞いて欲しいだけなのに。
子供の頃からずーっと、そうだった!
そう思っていたの!!!」
と、大泣きしたがら訴えたこともある。
3年半前に母と同居をしてから
衝突することが多く
怒鳴ってしまったり
母を泣かせてしまったことが
何度もあった。
10年前に夫が大腸がんで他界して
時折やってくる鬱状態に
何年も苦しんでいた。
自分と向き合い続けて数年
長いこと蓋をしていた
自分のマイナス感情=怒り、不安、
悲しみ、苦しみ、寂しさ、妬みに
気がつくことができた。
そして、その感情を
否定するんじゃなくて
「そうかぁ、嫌われてひとりぼっちに
なりそうで怖いんだね」
とか
「そっか、そっか、わかってもらえなくて
悲しいんだね」
と、ただただ受け止めることが
出来るようになってきた。
長い間、マイナスな感情をプラスに置き換えることが正しいことと信じていて
いつもポジティブでいることを
自分に課していた。
その結果、押さえ込まれた私のマイナス感情は、拗ねて、ヘソをまげて
腐り切っていた。
感情を感じ切ると消化される。
ってこういうことか。
自分が自分の一番の味方になる
自分に優しく出来ると
目の前の現実が変わる。
自分の内面の鏡である
目の前の人が
優しくなる。
起こっている現実は同じなのに
見え方が、受け取り方が変わる。
私は
母と同じ苦労の道を歩むことで
・自分を許すこと
・自分に優しくすること
・自由に生きること
・ありのままの自分を許可すること
・自分を表現すること
を体現したかったんだ。
そして私の何十倍も我慢強い母を
癒したかったんだ。
今朝の気づきは大きかった。
【言えると癒える】
んだって。まさに!そんな気がする。
49歳の母。今の私と同じ歳。似てるな。

