子供の頃 お正月を挟んで父方の祖母が上京して来てた
雪国なので寒いし年寄りは何もできないからと
その頃の東京だってろくな暖房もないし寒かったけどね
田畑・家作・店
夫(祖父)の放蕩三昧で無くし針仕事の腕だけで5人の子供を育てあげた
しっかり者の婆ちゃん
買い物や芝居見物で息抜きしたかったんだろうね〜
田舎だとなんだかんだと言われるし
そんな婆ちゃんな普通の婆ちゃんみたいに孫にはベタベタ甘くなくって結構きついこと言われたした(幸いほとんど方言と訛りで理解できなかってけどね)
何しろ長男の嫁が気に入らなくて追い出しちゃったり
母も相当嫁いびりにあったそうだ
でも何故か他の子供の家に行っても早々に「あぁ〜あ ここが一番気兼ねなく落ち着くわ〜」って我が家に戻って来た
母も長年の恨み?は何処にしまったのか 普通に接していた
そのうちだんだん出歩くのが億劫になったのかもっぱらコタツに入ってテレビ
その当時は歌舞伎・文楽・落語なんかの中継が結構あった
お相伴で見せられたけど
子供の私にとってはチンプンカンプンな上大好きな「名犬リンチンチン」や「パパ大好き」なんかが見られなくて・・ね
文句言っても「婆ちゃんが観たいんだから」の一言で却下
婆ちゃん見ながら解説してくれるんだけど・・・・ね
今でも「先代萩 御殿の場」みたいな悲しい場面では泣き出す婆ちゃんを思いだす
そんな婆ちゃんも会う度にだんだん小さくなって上京しなくなって暫くして
私が高校1年の夏 1ヶ月近く泊まり込みで看病していた母(看護婦)に看取られて旅たって行った
炬燵で丸くなっているジィを見ているとなんだか婆ちゃんを思い出す
今日もとりとめの無いブログを読んでくださってありがとうございます