前回のあらすじ下矢印

 

いよいよ事故の真実?…小百合と美咲が動き出す

 

市長室のドアが静かに開くと、そこには窓から差し込む朝の光が、机に散らばった書類を照らしていた。

秘書がスケジュールを確認しながら、淡々と今日の予定を読み上げる。

 

「本日10時より、ボランティア団体『森の灯り』代表の美咲様がご挨拶を兼ねて、旧山里町の件でお見えになります。

同行者を連れてくるとのご連絡がありました。」

 

市長は窓の外をぼんやりと眺めながら、小さくうなずいた。

 

「高木も同席させろ。山里町の件は彼が担当しているからな。」

 

秘書がメモを取りながら、軽く眉をひそめた。

 

「はい、承知しました。ところで、同行者は舞さんではなく、小百合さんという方と、もう一人新人のようです。」

 

その言葉が市長の耳に入った瞬間、彼の手がわずかに震えた。手にしていたコーヒーのカップが手から滑り、床にこぼれる。

 

「……っ!」

 

秘書が慌ててティッシュを取り出し、床を拭き始めたが、市長はそれに構わず、窓の外へ視線を向けたままだった。

 

「……小百合か。」

 

低い声で呟くと、彼は拳を握りしめ、唇をかみしめた。

 

「あの事故のことは、絶対に公表するわけにはいかない。誰にも言わせない。」

 

秘書は返事をせず、ただうなずいた。その空気の重さに、息をのむような沈黙が漂った。

 

一方、市役所の一角にある会議室では、高木が山里町の開発計画に関する資料を確認していた。彼はいつも通り、冷静で丁寧な手つきで書類を整えている。

 

「市長室に呼ばれた? ああ、同席ですね。了解しました。」

 

電話越しの秘書の声に、高木は軽く眉をひそめた。

 

「美咲さんですよね? あのボランティア団体の代表の方。」

 

「はい、そうです。同行者は小百合さんという方と、もう一人新人のようです。」

 

「……小百合さん?」

 

高木の手がわずかに止まった。記憶の奥底から、何かがよみがえるような感覚に、彼は一瞬目を伏せた。

 

「分かりました。準備しておきます。」

 

電話を切った後、彼は資料を抱え、市長室へ向かう。廊下を歩きながら、胸の奥に広がる違和感を拭えなかった。

 

市長室の前で、彼は美咲と小百合に出会った。

 

「あ、高木さん。こんにちは。」

 

美咲が笑顔で手を振ると、高木は軽く会釈を返した。だが、その視線は自然と彼女の隣に立つ小百合に向けられていた。

 

「その方は……?」

 

高木の声がわずかに揺れる。

 

「え? ああ、小百合さんですよ。防災施設の件でお世話になった方です。

 

美咲はさらっと答えたが、高木の表情は硬いままだ。

 

「……あの事故のとき、お会いしていると思いますが。」

 

小百合が静かに目を伏せた。その表情には、何か深い影が宿っていた。

 

「では、後ほど。」

 

高木はそう言って、先に市長室へ入った。背中には、小百合の視線が突き刺さるように感じられた。

 

美咲と小百合はその後に続き、エレベーターで市長室のある階へ向かう。静かな金属音の中、小百合はエレベーターの壁に手をつき、深呼吸をした。

 

「大丈夫ですか?」

 

美咲が心配そうに尋ねる。

 

「うん。ただ、久しぶりに会うから、少し緊張してるだけ。」

 

小百合の声は、どこか遠く感じる。

 

エレベーターのドアが開き、二人は市長室の前まで来た。ドアの前で立ち止まり、小百合は一度目を閉じてから、ノックをした。

 

「失礼します。」

 

ドアノブをゆっくりと回す。その音が、まるで過去の扉を開ける音のように聞こえた。

 

ドアが開くと、そこには市長と高木がいた。高木は資料を手に立ち、小百合を見た瞬間、言葉を失った。

 

「……小百合さん。」

 

彼の声は、かつての記憶を呼び起こすように震えていた。

 

「久しぶりですね。」

 

小百合が微笑みながら、静かに頭を下げた。

 

美咲が不思議そうに二人を見比べる。

 

「あの事故のとき、高木さんもいらしてたんですよね?」

 

高木は答えず、ただ小百合の顔を見つめていた。

 

「……ええ。確かに、お会いしました。」

 

彼の視線の先には、あの防災施設の訓練中の崩落の記憶がよみがえっていた。防災施設の訓練中。突然の崖壁崩落。そして、助け出された小百合の姿。

 

あのとき、彼女は「生きてはいけない」と言っていた。

 

「あなたは、なぜ生きた?」

 

そう問うた彼女の言葉が、今も耳の奥で響いていた。

 

市長はそのやり取りを黙って聞いていた。彼の視線は、小百合の顔に釘付けになっていた。

 

「……あなたは、あのとき、なぜここに来た?」

 

市長が初めて口を開いた。その声には、怒りとも、恐れともつかない感情が混じっていた。

 

小百合は静かに目を上げ、市長を見つめた。

 

「私は、崩落のことを、忘れないために来たんです。」前市長も老朽化がひどいすぐ対応しようとお約束されたんですよ。

 

その言葉に、市長の表情がわずかに歪んだ。

 

「……忘れるべきだ。すべてを。」

 

高木はその言葉に、眉をひそめた。

 

「市長、山里町の開発は、あの事故を無視して進められるものではありません。住民の声を無視して、歴史を踏みにじるような開発は、許されません。」

 

市長は高木を鋭く睨みつけた。

 

「お前の役目は、計画を進めるための資料を揃えることだ。余計なことを言うな。」

 

その場の空気が一気に張り詰めた。

 

美咲が小百合の手を握り、静かに言った。

 

「私たちの目的は、町の未来を守ることです。どうか、私たちの話を聞いてください。」

 

市長は窓の外を眺めたまま、長い沈黙を守った。

 

やがて、彼は小さく息をつくと、静かに口を開いた。

 

「話してみろ。」

 

その言葉に、小百合はうなずいた。

 

「はい。私たちが伝えたいのは、山里町の過去と、未来の可能性です。」

 

高木は資料を開き、市長に向かって語り始めた。

 

「この町には、ただの土地以上の価値があります。自然、文化、そして、人々の記憶。それを失うことは、未来を失うことと同じです。」

 

小百合も続けた。

 

「あの事故は、町の歴史の一部です。それを隠すのではなく、学び、活かすことが、私たちの役目だと思います。」

 

市長はその言葉を聞きながら、窓の外の山里町の景色をただ見つめていた。

 

彼の手は、再び震い始めていた。

 

だが、今度は怒りではなく、何か別の感情だった。

 

「……あの町には、もう戻れない。でも、私たちが守るべきものは、まだある。」

 

小百合の言葉が、市長の心に静かに刺さった。

 

沈黙の後、彼はゆっくりと目を閉じた。

 

「……話を聞かせてくれ。」

 

その言葉に、美咲と小百合は顔を見合わせ、ほんの少し微笑んだ。

 

高木も、胸の奥に広がる安堵を抱きしめながら、資料を広げた。

 

市長室には、朝の光が静かに降り注いでいた。

 

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