こんばんは、ポジ子です!

 

先日に引き続き「仕事」の話です。

 

突然ですが、質問です。

仕事に必要なのは、どちらの人材でしょう。

①性格に難ありだが、仕事はできる人

②いい人だけど、仕事ができない人

 

ポジ子の職場にこの2タイプのスタッフがいました。

働きはじめて、2日目くらいにこの特性に気づきました。

新規事業として立ち上げたばっかりで、

枠組みから何から決めていかなければならない段階でした。

ポジ子も管理者として1年生の時でした。

さてそこで上記の質問です。

 

もちろんその段階ではスタッフも少なく、

言うまでもなくどちらのスタッフもいてもらなければ

ならないことには変わりなかったのですが、

今後、問題となるのはどちらなのか、

人を観察し分析することが趣味のポジ子の嗅覚が

ビンビン警報を鳴らしていました。

 

そう、答えは

①です。

正確には①が必要なんではなくて、②がいらないんです。

どんな局面においても、仕事の現場においては

「仕事のできない人」は不要です。

これがポジ子の考えです。

 

今の日本においては、かなり過激で、冷酷な意見に

見えるかもしれませんが、これは真理だと思っています。

正直、自分のまわりに仕事できないなぁって人、いませんか?

自分のことを棚にあげてそんなことを言うのは、とか。

そんなこと口に出したら自分がおかしな人だと思われる、とか。

そういう邪念を取り払って考えてみてください。

先日も書いた通り、「仕事」はあくまでも

「娯楽」でも「趣味」でもないかぎり、

売上をあげて、結果をだしてナンボの世界で、

究極の成果主義です。

全然売上は出ていないけど、頑張ったからいいよね、

とはならないんです。

もちろん頑張らないよりは頑張った方がいいですが、

それが結果につながっていないとすると、

いずれその仕事は淘汰されて潰れてしまいますよね?

頑張りが実る前に会社がなくなってしまっては

元も子もありません。

 

自分のやりたいこと、目指したい夢、理想を叶えるまえには

まずは結果を出して、存在感を出して

発言力・影響力を十分にもった後に自由にやればいいんです。

そのためには、先に「結果ありき」ということになります。

なので、そのステップを踏むにあたって不要なものは

「仕事のできない人間」です。

 

ただし、この言葉には語弊があって

仕事のできない人に存在価値がゼロって言いたいわけではないんです。

結局、管理者の仕事ってその人の特性や能力を見抜いて、

その人がまぁまぁ良さを発揮できるところに

配置できるかどうかにかかっているんですよ。

人員配置はパズルみたいなものだなぁって常々思います。

みんなが100%ばっちりハマったところに配置できるわけじゃないけど、

その努力をしようよってことなんです。

 

話が大きくずれちゃいましたが、

ポジ子のところにいた2タイプの極端なスタッフは

色々と面白い思考をポジ子に抱かせてくれたので

それはおいおい。

 

じゃパー