これまで食べきた物で、はっきり味を思い出せるものって少ない
実際に思い出してみたけど、もう一度食べたいほどの物は本当に数少なく、、
その瞬間は美味しく感じた物でも、時間が経てば記憶にすらない
先日、夫と近所のはじめて行く定食屋さんで食事をしていたら、コロッケを食べた夫が、その瞬間に涙を浮かべ「美味い」と感動に浸っていました
老夫婦が営む定食屋さんは趣きもあり、確かに美味しかった
夫が涙するほど感動したのは、子どもの頃に食べたお母ちゃんの味に似ていたから
味は思い出とともに記憶されるのかもしれません
食べて思い出すことがあるように、味覚を含めた五感は記憶と結びつきやすいように感じます
音や景色も思い出と結びつきやすい
今世の記憶だけでなく、DNAの記憶とも結びついて行ったことのない景色を懐かしく感じたり、知らないはずの音を演奏できたり歌えたり
AIの発達と共に、記憶に残るものが少なくなってきているように感じる今だけど、生まれる前の記憶を持って誕生する子は増えている
人間にとってそれはどうなんだろう
これまで記憶に刻まれることはDNAなどの生物学的なものだと思ってきたけど、実はもっと機械的なもので、記憶すらコントロールされているのではないか、なんて思ったり
いろいろなものに縛られて、これが正解と思っているものは、ことごとく逆さま
と言うか、逆さまも在る
自分の五感を使わずに逆さまの世界や見えない世界を垣間見ようとすると、体にはすごく負担がかかるようです
施す側も、チャネリングやヒーリングはどこかに記憶している何かにアクセスするので、体に負担がかかることもあり、修行と訓練は必要と感じます
受ける側も毎回他者の手を借りるだけでなく、セルフケアも必要
自身の五感を最大限に活かして、自分自身から放つ共鳴も使う
自分自身の五感を使い、自分自身から放つ共鳴で、自分自身を振るわす
なので、心の声を無視しないことが大事になってくるように思います
それは、抱えている負と思っている記憶を整理してくれるはず

