蝉が残りの命を削るように、

ジリジリと焼けるように、鳴く。



そんなに急いで通り過ぎないでください、夏。

私、なにひとつ夏に貢献できてないんですけど。


私の戯言など、気に留めることなく

横切る夏の、なんとクールな横顔。


もうすぐ夏がフェードアウトしてゆく。

少しずつ心が遠くなる恋人を見送るように。



悪足掻きしている私の鳴き声。


蝉は私だった。



あれは、15年前だろうか。

クリスマスシーズンのライトアップされたシャンデリゼ通りを歩きたくて

パリに飛んだ。

「ポンヌフの恋人たち」にも影響されて、

セーヌ川の匂いも感じてみたかった。


クリスマスシーズンはショップがクローズしてしまうことが多いせいか

かなり格安だった。

当然直行便ではなく、ルフトハンザ航空でフランクフルト乗り継ぎという

疲労困憊の旅ではあった。

 

やっと到着したシャルル・ドゴール空港。

そこからリムジンでリヨンのホテルへ。


ホテルまで2時間というガイドのアナウンスを聞いて、私は言った。

「田舎だぁ!」


お気づきですね。


あ~、穴があったら入りたい。

遅いけど。

2週間前に蒔いた早咲きコスモスコスモスとカスミソウが、

未だ芽を出さず。ドクロ

ちゃんと土をブレンド(実はテキトーに栄養のありそうなモノを選んで混ぜただけ)

して、愛情光線たっぷり投射したのに。



種にも、スランプとかあるのか?


おいおい、植物ならもっとタフに!図太く!

育っておくれよぁ~~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

今どきタンポポだってアスファルトから生えてんぞ。


ちなみに、余った種をパンジーのプランターに蒔いた方は、

もう1センチくらいになっているという、この理不尽。


何故だ~~~!?


土と相性が悪いのか?

私への挑戦か?(何の?)


まったくもって、納得が行かない。


私の頭の中に、チンケな疑問符が

増殖中である。


蒔けば勝手に成長すると思うのは、

私の浅はかな思い込みなのか?


To be continuedメモ

懐かしい曲と再会した。


"I've seen that face before”

 

ハリソン・フォード主演映画「フランティック」

舞台はパリ。


空港でトランクを間違えられたために、妻を何者かに誘拐され、

見知らぬパリの街で孤独に妻探しに走るハリソン。

そこで偶然出会った女・ミッシェル。

危機を乗り越えながら次第に気持ちの触れ合う二人。

そして、すぐ迫る敵の目を欺くために

怪しいクラブで踊るシーンで流れていた曲だ。


あれからこのリズムが、遠い記憶のヒダに

やわらかく纏わりついてしまった。


かつてスーパーモデルとして知られたグレイス・ジョーンズの

メロウでクールなヴォーカルが痺れる。


敵の銃弾に倒れ、ハリソンの腕の中でミッシェルは呟く。


“Please don't leave me alone…”

私はもう、きっと何年も、

まだ会えぬ何かに向かって、

そう呟いているような気がする。


To be continued…

村上龍の「盾~SHIELD」を読んだ。


この本は、大人の絵本だ。


人間の心や精神というコア(核)はとてもやわらかくて傷つきやすいものだ。

だからこそ、人はそれぞれの方法で、それを守ろうとする。


物語に登場する謎の老人は言う。

その大切なものを守らないでいると、次第にそれは縮んで硬くなり、

やがて「乾いた犬のクソ」のようになってしまう、と。


ふと、自分の中の鏡に聞いてみた。

「鏡よ、鏡。私はあなたをちゃんと守ってあげていますか?」

鏡の向こうの私は、痛そうに見つめ返してくる。


あ。

このままでは、犬のクソになってしまう


To be continued…

そして5月が来た。




駅に向かう住宅地。

古い佇まいのその家は、

そこはかとなく「家」と「暮らし」への

やわらかな愛着を漂わせている。

その庭先のプランターで慈しみ育てられた

色とりどりのパンジーたち。

ひたむきに咲き誇るその真摯な美しさに癒され、

やっとハートの温度が人並みになる

私の朝の日課。





そう、この時期。と、ふと思う。

5月5日から20日までの数日間。

街のあちらこちらで植物が

「生」の息吹を一斉に吐き出すので、

私はその圧倒的な香りに噎せ返り、

ついコソコソ早歩きで街をすり抜ける

なんだか一生懸命「生」をまっとうしている

植物たちに顔向けできない

気分になってしまうのだ





この時期、植物から発せられる期間限定の

この香りに触れた時。

確かに「イキテイタ」21歳の自分が、

避暑を楽しむ旅人よろしく

合鍵と、懐かしい痛みをお土産に

思い出の館にやって来る。

そしてお構いなしに記憶の池に

あんなこんな小石を投げて、

波紋の先にいる私の居心地の悪さを

からかうように、ひとり遊びをする。


毎年こんな数日を

21歳の私と共有している、

理不尽な何かを解決出来ずにいる

面倒くさい今の自分。


なんとなくリアリティのない日常

気づき始めたのは、いつ頃だったか。


To be continued…