神様と呼ばれた曾祖母から受け継いだ
霊感
その力と向き合いながら
生きていく
ペリコのブログです🍀
今日の公式からのテーマを見て
あー...と思ったので書いてみます
私は毎日、ブログの末尾に
おすすめの物を載せています。
これは欲しい!と思ったもの以外
全て使っているものです。
この件に関しては以前にも
同様の記事を書いています。
まれに、幽霊が見えていいなぁ...
と言われる事があります。
確かに感謝される事もあります。
また、自分の役に立つことも。
しかし、体調を崩したり
亡くなった方の
亡くなる間際の具合の悪さが
そのまま来る事もあります。
そんな時は
見えなくても良かった、
心からそう思います。
毎日、お清めのための
お塩とお酒が欠かせません。
私がこのお塩は効くな、と思っている
ハマネのお塩。
これは、スーパーに売っている
普通のお塩と比較して数倍の金額です。
私はお酒が全く飲めないので
本来なら日本酒も必要ありません。
少し遠い神社に行く為の交通費。
年に一度の御札の交換。
全てがばかになりません。
なんとも因果なものだと思うだけです。
私にその見える力を託して亡くなった
曾祖母。
神様と呼ばれていた、
といつもお伝えしていますが
正直な所、これは父から聞いた話です。
私が中学生の時に曾祖母は
亡くなったのですが
父方祖父母宅にいた曾祖母は
いつも無口で
眠っているように椅子に深く座り、
身動き1つしませんでした。
耳が遠いせいか
目が見えなかったのか
挨拶しても
返ってきた事すらありませんでした。
私は心の中で密かに
置き物みたいだ...と思っていたくらいです。
誰も曾祖母に話しかけなかったのも
今となっては違和感すら覚えます。
その曾祖母が亡くなった時、
私は離れた場所でその事を察しましたが
その時はそれがどういう事なのか
よく分かっていませんでした。
これはただ事では無い、
と思ったのは
お通夜の時でした。
正確な人数は分かりませんが
300人くらい?の方々が
代わる代わる曾祖母の棺桶の傍に寄り
何かよく分からない
決してお経ではない
何か願望のような言葉の羅列を
口々にしていました。
お坊さんもおらず、
遺族である私達は
その方々の列が途切れるのを
ただただ待ち、
何となくふわっとした感じで
お通夜が終わったのを覚えています。
それがきっと、曾祖母を神様と
呼んでいた人たちなのでしょう。
しかし、曾祖母や
その息子である祖父達は
決して裕福な暮らしをしていたように
見えませんでした。
10畳程の1間に台所、
お風呂さえなく、
近くの銭湯に通っていました。
1度だけ子供の頃に泊まりに行きましたが
曾祖母と祖父母、
そして私たち家族4人。
どうやって布団を敷いたものかと
大人達が右往左往してました。
曾祖母は、神様と呼ばれながらも
お金に頓着していなかったのだと思います。
そして、私もまた
曾祖母から受け継いだものを
お金に変える、という頭があまりありません。
たまに霊視等をして
お礼を受け取る事はありますが
恐らく、相場の5分の1以下だと思います。
そんな安い金額で?
と言われることも。
お金を頂くのは
本気で見てもらう気があるか?
という気持ちが知りたいだけでした。
自分の体調を維持する為に
出ていくものは大きいですが
これで生活をしていく、
お金持ちになる
という気持ちになれないのは
その曾祖母の影響かもしれません。