ノーサイドにしましょうて…!
まさか、あの様相からカタカナが飛び出すなんてね。
(いや、別に様相は無関係ですけどね)

携帯のWikipediaで野田佳彦さんを調べたら
二番目の項目に「不祥事」っていうのがあった。
「人物」の紹介より上位で不祥事を紹介されちゃうなんて、なかなかです。


うちにいるネコが、生死をさまよいかけた、二週間前。

前から年齢的なものもあって、健康体ではなかったんだが
ある日突然にガタガタと追い込まれてしまった。

病院が大嫌いで、ストレスをかけるから
あまり医療の手は加えすぎず、
穏やかな余生を過ごして欲しいと思っていた。

しかし二週間前の午後から
食べない、飲まない、動かない、なんとか呼吸はしてるけど、
人目をさけて、一人になりたがる。
もうダメかもな、この夜が最期なんだろうなと
自分に言い聞かすも、十年以上も共にしていた動物の死なんて
そうそう受け入れきれない。
ただ、安らかに、と思うばかり。
先に天国にいる犬と仲良くね、と。
(犬の生前まったく彼らは仲良くなかったけど)

つらいつらい夜だった。


朝起きたら、彼女はまだ息をしていた。
わたしが、死のことを考えていたときに
彼女は生きようとしていた。

わたしが先に諦めてしまっていた。
本当に申し訳ない。

その日はすぐに病院に連れていき病気だってことが判明した。
完治する病気ではなかったけど、

それでも今より状態をよくすることができるかもしれない、ということで
その日は入院することに。

その後、数日間入退院を繰り返し、
生きて家に帰ってきた。

今も決していい状況とはいえないけれど、
あの日と比べると、まだいい方だ。

よかった。

やはり彼女には穏やかな余生を送ってもらいたいと思っている。



何か自分にとって不幸な弱点があらわれたとき

そのほかの点で、がんばらないと、マイナスポイントがたまって

それが自分の弱点に加算されるんじゃないかという不安にさいなまれる。


だから、仕事をしていても(いつもより)毒を吐かない、とか(まあ、穏健派であるんだけど)

赤信号は渡らないとか。怒らないとか。真面目に暮らすとか。

なんだろう、ダメな部分が、彼女の生きる力のネックになるんじゃないか、と。


だから、(比較的)平穏に暮らしてきた、わたしも。


そのおかげか、そろそろと彼女のいろいろな数値も安定してきた。

これからも、彼女のために、穏健派でいようかと思う。





若い世代に街灯インタビューをすると
今日が何の日かわからない人の数が
増えている、らしい。


戦後66年目。


小さいときは、戦争って遠い遠い昔の話だと思っていた。
戦争のあった時代と江戸時代の差がよくわからなかったみたいに。

親は戦後の生まれで、祖父は体が悪く
戦地にいくことはなかった。
それでも、祖父母から戦争体験を
聞いておけばよかったと、今にして思う。

戦時中のできごとで、
日本はいくつかの国と国民を悲しませてしまった。
そして、同じように多くの日本に住む人たちが、悲しみ、傷ついた。
こんな簡単な単語では表せないくらいに、深く深く。

かつて、家族を日本人に奪われた外国人にあったことがある。
ひとりは、そのときの体験を話してくれたあと、
静かに日本人を赦していると、言い、
また別の人は、泣きながら、日本人には会いたくないと、言った。

外国人を傷つけた元日本兵の方にもあったことがある。
戦争のため、そうするしか選択肢がなかった、と。

太平洋戦争に関して
諸説、様々な意見があるが、
どちらかをあたまから否定するつもりはない。
でも、日本は加害者であり、被害者であった。


大切な誰かを守るために
加害者になった人、個人を責めることは
私たちにはできない。
ただ、本当に戦争っていうのが、
恐ろしい、人の心を穏やかじゃなくするものだってこと。


平和のために、
今生きてるわたしたちは考えなくてはいけない、んだとおもう。
そして、今後も戦争にnoと言い続けないと。


今日は平和のために、祈りたいとおもう。

いま、世界で起きている、戦争や紛争がなくなり、
人々が安心して夜眠れますように。

通勤に利用している電車が遅れるのはいつものこと。

今日もいつものようにダイヤが乱れてたのだけど
座っていられたから、あまり気にもしてなかった。
寝てたので(映画館だけではなく電車の中でも寝るのだ)
ダイヤの乱れなんぞどうでもよかったし
少し早い電車に乗っていたので
少々の乱れは影響なしだった。



快眠がこうじて(?)寝過ごした。

行きすぎて、戻って

そして遅刻した。



なーむー。



でもダイヤの乱れという必殺カードがあったから
わたしは救われた。

ダイヤの乱れ、ありがとう。
今日だけは。