はじめは縦揺れ、のちに横揺れという感じだった。
耐震構造がやや不安なビルのやや中層部で働いており
コピー機の近くで印刷物を確認中だった。

その後も揺れが何度も続き、業務にならないから解散。
ビルの非常階段を降りるさいちゅうに
亀裂が入る壁、こぼれ落ちる壁紙をみて
ビルに対する不安感がますますつのるばかり。

首都圏では多数の帰宅難民が出ており
わたしもまさにその一人。
五時間歩いたが、家の半分までしかたどり着かず
友人の家に泊めてもらうことに。

我が家は食器が割れて散乱し、
自分の部屋もなだれが起きてぐちゃぐちゃ。

怖かった

が、震源地に近い人々の恐怖たるや
この比ではなかったかと。

テレビを見ているだけでも
やりきれない喪失感におそわれる。

五時間歩いている最中、暗い道に立って
道案内をしてくれた地元のおじさんがいた
停電がつづく道で軍手を配布してくれた店があった
深夜料金をとらなかったタクシー運転手
無料配布した自動販売機

こういうときに人としての資質が問われている気がする。


わたしも復興の一助になりたい。