99キロ、99キロ、99キロ | チャラチャラパーハンの作り方

チャラチャラパーハンの作り方

ある組織に属する三人組みが
思いついたことを思いついたときに垂れ流す
そんなブログ

こんばんわ。
北京です。

いやぁすごいですね。
地震。

実は僕は、地震が起こった当初、東京ディズニーシーにいたんですよ。
トイレにいたときです。
突然、僕の尿が奇妙な軌道を描き始めました。
次の瞬間、目の前がグワングワンしてきて、「あっ寝不足だから具合悪くなったかな」なんて思ったんですよ。
そしたら隣の兄ちゃんが、ふらつきながら一生懸命便器に向かって放尿している姿を見て気づいたんです。
「僕も尿を外さないようにしないとな」って。
嘘です。
「地震か」って思ったんですよ。
外に出たらディズニーのキャストの人たちなんかがすごい叫んでて、何千人もの人々がうろたえてる姿を目の当たりにしたんですよ。

そしたらすごい揺れ始めて、さすがに立ってられなくなってきて、「こりゃ、ホンマもんやで」って思ったんです。
みんな座り込んで喚いてる人もいれば、テンション上がってる子供たちがいたり。
こういうときに人間の本性が出るんだななんて考えてました。

当然、全てのアトラクションは停止。
建物へ近づくことさえ禁止されちゃって、お手上げ状態でした。
結局、何のアトラクションにも乗らず、お土産も何も買えずに帰る事にしました。
ちょっと泣きそうでした。

でも悲劇はこれからでした。
まさかの首都高進入禁止!!
しかたなく宿を探そうと市街地へ繰り出すと、そこは完全に被災地でした。
ディズニーリゾート周辺は埋立地のため、震度5強の今回の地震に当然耐えられません。
噂の液状化現象によって、道路は泥水で浸水し、歩道等のコンクリートの地面はめくれ上がり、あちこちでフェンスが倒れていました。
ぐちゃぐちゃになったパス停なんかもありました。
当然周辺のホテルは営業中止、現地に泊まるという夢は果てました。
「帰るしかない」
そう決めたのはいいものの、首都高の沈黙と、千葉-東京間の主要道路の少なさがあいまって、ものすごい渋滞に巻き込まれてしまいました。

2時間以上かけて、何とか東京に到着。
ちなみに千葉-東京間はおよそ8キロ。
渋滞のものすごさが分かってもらえたらと思います。

さらに、首都高が動かない以上、下道で東京都心を抜けなければなりません。
当然東京では、電車は運転見合わせ状態。
加えて、首都高を走っていたであろう大量の車が一般道に流れ込み、まさにそこは地獄そのものでした。
4車線全てに車があふれ、一歩も動きません。
とくに銀座、日比谷駅付近は思い出すのも忌々しいです。

この時点で僕の実家まで残り99キロでした。
1時間後、僕の実家まで残り99キロでした。
2時間後、僕の実家まで残り99キロでした。
3時間後、僕の実家まで残り99キロでした。
10分後、僕の心は壊れました。
なんとか泊まれそうなところを見つけて、路注。
睡眠をとりつつ、首都高の開通を待つことにしました。

4時半ごろ、首都高の通行止め解除の情報を手に入れ、ソッコウで実家にゴーしました。
眠さで、蛇行しながら何とか山梨まで帰ってきました。
もちろん現地の方々には遠く及びませんが、ちょっとした被災者気分を味わった北京でした。

3月はえぇぇぇぇ!!
「2」